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64 来訪者

 繋がれたままでも、身動きが取れないわけではない。楓真はまた一人ポツンと残され、どうしたものかと考える。次に千晃が戻ってくるのは夜遅くになるだろう。その時には拘束を解いてもらい、きちんと話をしなければ……でもちゃんと話ができるだろうかと不安も湧いた。  横に落ちているスマートフォンを手に取り、泣きそうになりながらその画面を指でなぞった。確かに千晃の言う通り、もう充電も切れているし使うつもりもなかったけれど。 「だからって壊すことないだろ……」  浩成との唯一の繋がり。心の拠り所と言っても過言ではない大切な物を失ってしまった事実が、楓真が自分で思う以上にショックだった。どうしてこんなことになってしまったのだろう。ひび割れ、歪に歪んでしまったただの塊と化した物を、いつまでも放す事が出来ず震える手で包み込む。  全ては記憶を失っていた自分のせいだった。そうわかっていてもやるせない気持ちでいっぱいだった。 「うわ……千晃さんマジか。やばいね、楓真君、それ」  突然部屋に入ってきた吏紀に驚き体が固まる。玄関から物音がしたからてっきり千晃が帰ってきたのかと思い身構えていたら、寝室のドアを開け姿を見せたのは吏紀だった。 「何で吏紀……」 「様子見てこいって言われて来てみたんだけどさ、楓真君、いい物つけてんね。でもそれ鍵なくても切れるっしょ」 「……うるせえな」  楽しそうに吏紀は楓真の前に屈み込み、その足首にそっと触れる。 「そんなの破ってさっさと逃げればいいのに。あの時みたいにさ、いなくなればいいのに……」  俯きながらのあまりに小さな声。楓真には吏紀が何と言ったのか聞き取れなかった。 「何か言ったか?」 「ううん、別に。てかほんとウケんね。楓真君、ここから出れねえの? これ、自分で外そうとは思わねえの?」  くすくすと笑いながら吏紀は楓真の足首に装着されたベルトを引っ張り、グイッと持ち上げる。自分の後輩で、しかも年下の相手にいいように馬鹿にされていることに情けなくなった。  千晃との関係にこの男が介入してくるようになってから、どんどんおかしくなっていった。初めは可愛い後輩だったはずなのに……仕事熱心で慕ってくれていたと思っていたのに。 「何なんだよほんと、やめろよ! 俺に構うな!」  苛つきを隠さずに、吏紀の手を強めに叩く。千晃に軟禁され、元を辿れば元凶と言ってもいい吏紀にもバカにされ、ただただ湧き上がる腹立たしさに語気も強くなってしまった。 「は? 怒ってんの? 逃げりゃいいじゃん……ふざけんなよ、怒りたいのは俺の方だし」  思わずバランスを崩しベッドに転がった瞬間、目が合った吏紀の顔を見てハッとした。  この目に見覚えがあった。あまり見せない独特な表情。強張り不自然な笑顔の冷たい目を見た瞬間、胸の奥を鈍器で殴られたような強烈な感覚に思わず一歩下がってしまった。   「あ、あ……」  突如湧いた得体の知れない恐怖心に冷や汗が止まらない。怖いのに目の前の吏紀から目が離せなかった。じわりと縮まる距離に、逃げ出したいのに動けない。上手く言葉も出てこない楓真は腰が抜けたように力が入らなかった。 「どうしたの? もしかして今思い出した?」  パァッと笑顔になった吏紀は、怯えて動けなくなってしまった楓真の頬をむんずと掴むと「ほんとバカだね」と嬉しそうに笑った。  

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