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「吏紀……」 「ん? 俺がどうかした?」  足首にまとわりついている鎖が静まり返った部屋でカチャリと小さな音を立てる。吏紀は相変わらず楽しそうに楓真を見つめていた。「どうかした?」なんて、楓真を見れば一目瞭然なのにあからさまに吏紀は面白がりこの状況を楽しんでいた。  楓真はあの時の情景を鮮明に思い出していた。背筋に汗が伝わるのがわかる。目の前の吏紀から離れたいのに恐怖で体が動かなかった。「怖い」と馬鹿みたいに何度も何度も頭の中で声がする。頭の天辺からサーっと血の気が引いていくような感覚。逃げたいのに逃げられない……そう、それは今まで何度も見てきたあの悪夢の感覚に似ていた。   「せっかく千晃さんが俺のところに来てくれるようになったのにさ、またこっちに戻っちゃうんだもん。ねえ楓真君、何したの?」 「やっ……触るな」  吏紀が何を言っているのかわからなかった。全てを思い出してしまった今、吏紀に見つめられているだけで怖くてしょうがない。楓真は自分に向かって伸びてくる手を怯えながら弱々しく払った。 「あの時は別に落とすつもりなかったんだよね。勝手に楓真君、落ちちゃうんだもん。まさか戻ってくるとは思わなかったからびっくりしちゃった」  勝手に落ちた? いや、明らかに殺意を持ち思いきり突き飛ばしたはず。あの時の吏紀の顔と今目の前にいる吏紀の顔、自分に向けられた殺意。思い出したくなかった恐怖に胸の奥が苦しくなった。 「なぁお前、いつまで俺の邪魔すんの?」 「邪魔って……何を……」 「なんで千晃さんはこんなに楓真君に執着してんのかね? そんなに具合いいの? 俺の方が絶対千晃さんに従順なのにさ……ほんと邪魔なんだよね、楓真君」  貼り付けたような笑顔が消え、苛々と楓真の足の鎖を振りながら吏紀は続ける。全てを思い出した楓真は、恐怖の対象である吏紀の言動から目が離すことができない。 「やろうと思えばいつだってできるから。俺にとって楓真君は邪魔でしかないんだよ。千晃さんには俺一人で十分なんだ」  案外しぶといんだね、と再び凍りついた笑顔で話し出す吏紀は、楓真の足首を鎖ごと握りしめた。 「早く俺らの前から消えてよ。じゃないと……また痛い思いしちゃうよ? そんなの嫌でしょ? 俺だって嫌だよ。だから、ね……」 「ひっ……!」  ポケットら小さなナイフを取り出した吏紀に、思わず情けない声が漏れて出る。今度こそこの男に殺されるかもしれない、と、最悪な結末が頭をよぎった。

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