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69 帰ろう

「楓真!」  既のところで部屋に飛び込んできたのは浩成だった。 「何やってんだよ! しっかりしろ!」  楓真は思いっきり浩成に抱き込まれ、床の上に投げ出された。突然のことすぎて訳がわからない楓真は床にひっくり返ったまま動くことができなかった。 「なんで! なんで死のうとしてるんだよ! ふざけんなよ!」  目に涙を溜め、楓真を見下ろし怒鳴っているのは間違いなく浩成だった。倒れ込んだ際に打った肩と、バクバクと激しく鼓動する胸が痛い。自身の体を抱えながらもう一度楓真は浩成の顔を見つめた。 「なんでって、え? それ、俺のセリフ……なんで浩成君がここにいるの? どうして? てか死のうとしてって何?」 「は? 今ここから飛び降りようとしてただろ! 俺がここにいるのはどうだっていいんだよ」  そう言って浩成は頬を紅潮させ怒鳴りつける。楓真の体に怪我はないかとベタベタと乱暴に体を弄り大きな溜息を吐いた。 「よかった……間に合って本当によかった」 「いや、まさか……でも正直、ここから落ちちゃえば楽になれるかな、ってちょっとだけ思ったけど」 「バカ! 冗談でもそんなこと言わないでくれ」  楓真の様子にホッとし、浩成に笑顔が浮かぶ。力が抜けたのかその場にへたり込む浩成を見て楓真も少し笑顔になった。  確かにここから落ちてしまえば何も考えなくてすむから楽になれると頭を過った。楓真の精神状態を見たら、浩成が来なければ遅かれ早かれここから落ち、命をも落としていた可能性もなくはない。 「ほんと、まさか浩成君に会えるとは思わなかったよ。落っこちなくてよかった……最後に会えてよかった」 「最後って……」  最後に浩成に会いたかった、という思いが叶ったことに、楓真はただただ驚き嬉しく思った。  浩成に会って謝りたかった。大事なことに気付かせてくれたお礼もしたかった。でも何からどう話したらいいのか、それになぜここに浩成がいるのか混乱してしまう。  今浩成を目の前にして様々なことが頭を巡る。考えれば考えるほど思いが膨らみ、安堵感も相まって涙が溢れてしまっていた。 「あ……浩成君」  ふと懐かしい匂いに包み込まれる。気がつくと楓真は浩成に抱きしめられていた。ギュッときつく抱きしめる浩成の手は小さく震えている。それに気がついた楓真は「ありがとう」や「ごめんね」が言葉になって出てくるより先に、堪えきれなくなった嗚咽が溢れた。 「もっと早くに迎えにきてればよかったな。いや、もっと早くにちゃんと話していればよかったんだ。ごめんな……楓真」  ヨシヨシと優しく背を撫でてくれる浩成の手が心地よい。ごめんというのは俺の方だ、と泣きながら楓真はもどかしく思う。記憶が不安定だったとはいえ、黙って出てきてしまったこと、連絡も取らずにいたこと、今までのことをちゃんと話したかった。 「記憶、ちゃんと戻ったんだな?」 「うん……」  泣いてしまって何も言えなくなっているのを察して浩成は優しく問いかける。抱きしめられたまま、楓真は小さく頷いた。 「全部?」 「うん、全部戻った。ごめん、浩成君。俺……」 「大丈夫。とりあえずここを出よう。な? 立てるか?」  浩成に手を取られゆっくりと立ち上がる。 「帰ろう」と微笑まれれば自然と「うん」と頷いていた──

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