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71 違う人格

 楓真は記憶を失っていた──  入院中一度目を覚ました時は確かに意識もはっきりしていた。あの時歩道橋にいた男は「吏紀」だと言い、突き落とされたのかと聞けば難しい顔をして首を振った。なんとなく嘘を言っているようにも感じたけど、知り合いに故意に突き飛ばされたという事実を認めたくないのかとも思い浩成は追及しないことにした。とりあえずは楓真が無事で生きていてくれたことだけで嬉しかった。  その後眠りについた楓真が再び目を覚ました時には、楓真の頭の中には浩成どころか楓真自身の存在すら消えていた。 「えっと……誰?」  目が合って最初の言葉。浩成は自分を見つめる楓真を見てすぐに「別人」なのだと実感した。いや、正確には楓真であることには変わりはない。でもその表情、視線、口調から浩成の知る楓真とはまるで違う人格なのだとわかってしまい、泣きたくなるのを堪えて「初めまして」と自己紹介をするのがやっとだった。 「浩成君、ごめんね、なんか俺よくわからなくてさ。てか覚えてないんだけど、本当に俺たち「恋人」だったの? ちょっと信じられないんだけど……浩成君がそう言うならきっとそうなんだよね」  戸惑いながらも楓真は浩成の言うことを信用した。信用せざるを得ないのだと分かっていたのだと思う。医者は記憶障害はじきに治る、一時的なものだろうと言っていた。それでも楓真の様子を見ていると心配で不安になった。眠る度に記憶が混濁し、その都度浩成は自己紹介を繰り返す。自分のことは「友人」と伝えていたけど、何度か同じ問答を繰り返すうちに「恋人」なのだと嘘をついた。  最後に会った時に二人で決めていたこと……  楓真は千晃に別れ話をし、同棲している部屋を出るつもりでいた。そして新たに住むところが決まるまでの間でいいから浩成の家に居させてくれないかと相談をされていた。もちろん二つ返事で快諾し、いつか来る楓真のために部屋も整理し準備をしていた。  そのことがあったから、浩成は退院した楓真を当たり前に自分の家に連れ帰った。  自分のことを「恋人」だと言ったのはほんの出来心。  そうだったらいいなと後先考えずに思わず出てしまった言葉だった── 「おはよう。気分は?」 「いや……え? 誰? ここは?」 「うん、俺は浩成。ここは俺たちの家だよ」  部屋に戻って最初の言葉。思った通り、楓真の記憶が戻っていないことに安堵と不安が入り交じる。それでもこれから二人の新しい生活が始まるのだと思ったら、喜びの方が大きかった。

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