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72 行動に移す
楓真が「千晃」の名を口にしてすぐ姿をくらませた。
おそらく記憶が戻ったのだろう。来るべき時が来ただけだ……
自分を「恋人」だと嘘をついたことは謝りたかった。千晃に対する気持ちはもうないとはいえ、決定権は楓真にある。自分がとやかく言う筋合いはない。いつまで待っても戻ってこないということはきっとそういうことなのだろう。
愛が冷めていたという楓真と千晃。千晃と別れ、前に進もうとしていた楓真を応援し、ただそばにいられればよかったのにこれは欲を出してしまった報いなのだと浩成は一人納得する。そもそも自分がストーカーまがいなことをして楓真に近付いた。そのことがどうしても負い目に感じ、正直に伝えることができないでいた。そして記憶を失う直前の楓真の言葉を信じ、都合よく自然に記憶が戻るのを待つことがベストだと思ってしまった。
楓真が自分の前から消えたのは千晃のことを思い出したから。
でもその記憶は果たして全てなのか──
酷い仕打ちをされ別れるつもりだった楓真。少なからず彼の中では千晃より自分の方が頼るべき人間なはずなのに、ここへ戻ってこないという事は一体どういうわけなのか……辛い目にあうのがわかっていて、それでもよりを戻してしまったのだろうか。考えたところで浩成にはわからなかった。楓真を取り戻すべきなのか、このまま身を引き無かったことにするべきか葛藤し、動けずにいた。
会えない日が過ぎていき、楓真のことを思い続ける。今頃何をしているのだろう。また以前の生活に戻ったのだろうか。あのマンションで千晃と二人で楽しく過ごしているのだろうか。考えれば考えるほど、それは想像することが難しかった。
千晃の楓真に対するあの歪んだ執着はきっと今でも変わらない。それを思うと不安が過ぎる。
仮に楓真の記憶が正しく戻っていなかったら? 全ての記憶ではなく一部しか戻っていなかったとしたら? 全部の記憶が戻っていたなら、いきなり浩成のもとを去らずにまずは話をしてくれたはず……
「何やってんだ、俺は……」
楓真が消えてしばらくしてから電話をかけてみたけど繋がらず、ずっとそのままにしていた。こんなに時が経ってしまったけど、もしかしたらもう一度かけてみたら出てくれるかもしれない。そう望みをかけコールするも、電源が切られているのかやはり繋がることはなかった。
胸が騒つく──
とにかく楓真が幸せに過ごしているのならそれで良い。でも考えれば考えるほどそんな姿は想像ができなかった。今頃行動に出てももう遅いかもしれない。それでも浩成は自分の目で見ないことには安心できない、と、千晃のマンションに向かっていた。
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