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75 楓真との再会

 部屋は施錠していないと吏紀が言っていた通り、玄関のドアは開いている。恐る恐る中に入ってみるとキッチンの横の閉められた部屋のドアが目にとまった。 「……楓真? いるのか?」  ドアを見ると簡易の錠がかけられていた。見たところ、外側からは簡単に外せそうだった。浩成は鍵を外しそっとドアを開けてみる。思いの外広い寝室にダブルのベッドが目に入った。一瞬、誰もいないのかと思うほど静かな部屋。でも次の瞬間目に飛び込んできたのは窓枠から身を乗り出し今にも落ちてしまいそうな楓真の姿だった。 「楓真!」  慌てて駆け寄り楓真を窓から引き離す。夢中だったから少し乱暴になってしまった。はずみで楓真は床に投げ出されひっくり返っている。 「何やってんだよ! しっかりしろ!」    その場で固まっている楓真は浩成の姿を見ると驚いた顔をした。 「なんで! なんで死のうとしてるんだよ! ふざけんなよ!」  動揺して声が震える。あと少し遅かったなら、もう二度と楓真には会えなかった。そう思うと怖くて泣きそうになってしまった。  倒れたまま自身の体を抱え、キョトンとしている楓真は浩成の顔を見つめた。 「なんでって、え? それ、俺のセリフ……なんで浩成君がここにいるの? どうして? てか死のうとしてって何?」 「は? 今ここから飛び降りようとしてただろ! 俺がここにいるのはどうだっていいんだよ」  今、色々考えることなんてできる状態ではない。自分がここにいる説明なんてどうでもいい。とにかく楓真をここから連れだし自分の側に置いておきたかった。  久しぶりに見る楓真の姿。顔色の悪さに様々な心配が膨れ上がる。浩成は楓真の体をベタベタと乱暴に触り怪我などしていないか確かめた。 「よかった……間に合って本当によかった」 「いや、まさか……でも正直、ここから落ちちゃえば楽になれるかな、ってちょっとだけ思ったけど」 「バカ! 冗談でもそんなこと言わないでくれ」  やっと楓真に笑顔が見えたことで、浩成にも笑顔が浮かぶ。そして力が抜けたのか、その場にへたり込んでしまった。ああは言ったけど、自分がここに来なければ楓真は間違いなくここから落ちていただろう。想像するだけで寒気がするほど恐怖で震えた。 「ほんと、まさか浩成君に会えるとは思わなかったよ。落っこちなくてよかった……最後に会えてよかった」 「最後って……」  次の瞬間、楓真の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。  堪らなくなった浩成は楓真を強く抱きしめる。少し痩せてしまった楓真の体を抱きしめながらその体温を感じ安心した。楓真は浩成に抱かれたまま、体を震わせ声をあげて泣いてしまった。 「ああ……楓真、ごめんな……ごめん」  自分のせいで大切な人に酷い思いをさせてしまったと後悔した。そもそもあの時、初めからちゃんと楓真に話していればこんなことにはなっていなっかった。 「もっと早くに迎えにきてればよかったな。いや、もっと早くにちゃんと話していればよかったんだ。ごめんな……楓真」  聞くまでもなく、楓真は全ての記憶を取り戻している。それでもこれは自分でちゃんと話さなければと浩成は決意した。 「記憶、ちゃんと戻ったんだな?」 「うん……」  楓真は小さく頷いた。 「全部?」 「うん、全部戻った。ごめん、浩成君。俺……」  楓真が謝ることなど何一つない。 「大丈夫。とりあえずここを出よう。な? 立てるか?」  楓真の手を取りゆっくりと立ち上がる。  その手を拒絶されなかったことに浩成はホッとした──  

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