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1-コンクリートジャングル(2)
自席に戻って仕事を始める。
次第に周囲が琉夏の様子がいつもと違うことに気がついて、ざわつき始めた。
ふふ。なんたってこの男っ振りだ。
水も滴るいい男と言っても過言じゃない。
ああ、俺としたことが、肝心の琉夏を紹介してないじゃないか。
早野琉夏、年齢は俺の一つ下だったかな?
確か社員証をさっき預かって……そう、合ってる。
うーん、この写真、撮り直したいな。
度のキツい黒縁眼鏡に無精髭、おまけにぼさぼさの蓬髪だ。
よくこの出で立ちで社員証の写真にオッケーでたなと思うくらい。
琉夏の魅力がほとんど発揮できてない。
ドレスアップした琉夏の魅力にK.O.された俺の目には、この姿も好ましく映るけれど。
本来の琉夏は、今俺の目の前の席で不貞腐れている。
艶のある黒髪をオールバックにして、浅黒い肌と、甘く整って彫りの深い顔立ち。
いつも口許をニヒルに歪めているのは癖なのだろうか。
しかしお陰でちょっと影のある、かつ色っぽい雰囲気が漂っている。
事前にサイズをリークしてもらったおかげで、スーツは体にぴったり合っている。
暗色の三つ揃えのスーツ。
どうやらジャケットは着ないことにしたらしく、椅子の背に掛けられている。
落ち着いた青のワイシャツにジレ。明るめのラインの入った紺のネクタイ。
着痩せするタイプだったみたいだ。社員証の写真より、今の方がガタイがよく見える。
「あ、社員証。返せよ」
琉夏が手を出してきたので、仕方なく社員証を返した。
「写真、撮り直した方がいいんじゃないか?もう別人だろ、それ」
「っざけんな。スーツ着るのは今日だけだ」
琉夏は口が悪い。
それが俺には新鮮で、かえって魅力的に映るところでもある。
「何言ってるのかな。二度と元の服で仕事させるわけないだろ」
「冗談じゃねぇ。こんな格好でずっといたら窒息しちまう」
しかめっ面さえも俺の視線を掴んで放してくれない。ああ、困った。
「ネクタイ、きつく締めすぎたかな?それはすまない、直すよ」
「やめろ、来るんじゃねえ。言葉の綾だっつの」
もう一度琉夏に接近するチャンス!……と思ったけれど一蹴されてしまった。ガードが固い。
なぜここまで反抗されながらも琉夏を無理やりスーツに着替えさせたのか?
そんなの単純だ――ちっ、うるさい野次馬が来た。
「え、なに、どうしたんですか早野さん。着替えたの?」
能天気バ神崎だ。
むやみやたらに背だけ高くて無駄に騒々しい駄犬。
コイツとだけは絶対に反りが合わない。
俺が十年かけて懐柔……いや、良好な関係を築いてきた槙野を、横取りしやがって。
この野郎、ずいぶんと槙野に懐いたようだから、琉夏にまで手を出してくることは、まずありえないだろうが。
それでも周りをうろちょろされるのは気に障る。
「着替え『させられた』んだよ。……なあおい、どういうつもりだよ西嶋さん」
どういうつもり?そんなの考えるまでもない。単純だ。
「なんで?……まあ、スーツめっちゃ似合ってますけど」
おや、神崎も見る目があるじゃないか。
いや、神崎にも見てとれるくらい琉夏が魅力的なんだろう。
「だろ?人間、自分に似合う服装をするのが一番なんだよ」
先日開催された会社のパーティで、スーツ姿の琉夏に一目惚れした。
一目見ただけで、俺の頭の中をいとも簡単に乗っ取ってくれた。
もちろん、この姿に惚れてからは、ラフな格好の琉夏にも惹かれるけれども。
それでもやはり、スーツの方が段違いに似合う。
スーツがただの『仕事着』ではなく、琉夏のポテンシャルを最大限に引き出すことができている。
だめだ、琉夏の正面のこの席はだめだ。
ディスプレイの合間にちらちら見える琉夏の姿に、いちいち見惚れてしまって仕事どころじゃない。
琉夏を見なけりゃいいんだけど、俺は琉夏を見ていたいんだ。
なんとかしてくれ。
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