2 / 49

1-コンクリートジャングル(2)

自席に戻って仕事を始める。 次第に周囲が琉夏の様子がいつもと違うことに気がついて、ざわつき始めた。 ふふ。なんたってこの男っ振りだ。 水も滴るいい男と言っても過言じゃない。 ああ、俺としたことが、肝心の琉夏を紹介してないじゃないか。 早野琉夏、年齢は俺の一つ下だったかな? 確か社員証をさっき預かって……そう、合ってる。 うーん、この写真、撮り直したいな。 度のキツい黒縁眼鏡に無精髭、おまけにぼさぼさの蓬髪だ。 よくこの出で立ちで社員証の写真にオッケーでたなと思うくらい。 琉夏の魅力がほとんど発揮できてない。 ドレスアップした琉夏の魅力にK.O.された俺の目には、この姿も好ましく映るけれど。 本来の琉夏は、今俺の目の前の席で不貞腐れている。 艶のある黒髪をオールバックにして、浅黒い肌と、甘く整って彫りの深い顔立ち。 いつも口許をニヒルに歪めているのは癖なのだろうか。 しかしお陰でちょっと影のある、かつ色っぽい雰囲気が漂っている。 事前にサイズをリークしてもらったおかげで、スーツは体にぴったり合っている。 暗色の三つ揃えのスーツ。 どうやらジャケットは着ないことにしたらしく、椅子の背に掛けられている。 落ち着いた青のワイシャツにジレ。明るめのラインの入った紺のネクタイ。 着痩せするタイプだったみたいだ。社員証の写真より、今の方がガタイがよく見える。 「あ、社員証。返せよ」 琉夏が手を出してきたので、仕方なく社員証を返した。 「写真、撮り直した方がいいんじゃないか?もう別人だろ、それ」 「っざけんな。スーツ着るのは今日だけだ」 琉夏は口が悪い。 それが俺には新鮮で、かえって魅力的に映るところでもある。 「何言ってるのかな。二度と元の服で仕事させるわけないだろ」 「冗談じゃねぇ。こんな格好でずっといたら窒息しちまう」 しかめっ面さえも俺の視線を掴んで放してくれない。ああ、困った。 「ネクタイ、きつく締めすぎたかな?それはすまない、直すよ」 「やめろ、来るんじゃねえ。言葉の綾だっつの」 もう一度琉夏に接近するチャンス!……と思ったけれど一蹴されてしまった。ガードが固い。 なぜここまで反抗されながらも琉夏を無理やりスーツに着替えさせたのか? そんなの単純だ――ちっ、うるさい野次馬が来た。 「え、なに、どうしたんですか早野さん。着替えたの?」 能天気バ神崎だ。 むやみやたらに背だけ高くて無駄に騒々しい駄犬。 コイツとだけは絶対に反りが合わない。 俺が十年かけて懐柔……いや、良好な関係を築いてきた槙野を、横取りしやがって。 この野郎、ずいぶんと槙野に懐いたようだから、琉夏にまで手を出してくることは、まずありえないだろうが。 それでも周りをうろちょろされるのは気に障る。 「着替え『させられた』んだよ。……なあおい、どういうつもりだよ西嶋さん」 どういうつもり?そんなの考えるまでもない。単純だ。 「なんで?……まあ、スーツめっちゃ似合ってますけど」 おや、神崎も見る目があるじゃないか。 いや、神崎にも見てとれるくらい琉夏が魅力的なんだろう。 「だろ?人間、自分に似合う服装をするのが一番なんだよ」 先日開催された会社のパーティで、スーツ姿の琉夏に一目惚れした。 一目見ただけで、俺の頭の中をいとも簡単に乗っ取ってくれた。 もちろん、この姿に惚れてからは、ラフな格好の琉夏にも惹かれるけれども。 それでもやはり、スーツの方が段違いに似合う。 スーツがただの『仕事着』ではなく、琉夏のポテンシャルを最大限に引き出すことができている。 だめだ、琉夏の正面のこの席はだめだ。 ディスプレイの合間にちらちら見える琉夏の姿に、いちいち見惚れてしまって仕事どころじゃない。 琉夏を見なけりゃいいんだけど、俺は琉夏を見ていたいんだ。 なんとかしてくれ。

ともだちにシェアしよう!