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1-コンクリートジャングル(4)
「あの!槙野さん、今日はこの辺り、何かいつもと違うと思いませんか?」
神崎がそう言うなり、琉夏は人で遊ぶなとばかりに顔をしかめた。
槙野は微かに首を傾げ、無表情のまま答える。
「あぁ、そうだな。珍しいな」
「え!」
槙野の返事は神崎の予想と違ったらしい。
「絶対槙野さんは気づかないと思ったのに!」
「なんで、どうしてだよ。さすがの俺でも気づくぞ。十年の付き合いだし」
槙野のその返事を聞いて神崎はきょとんとして、それからおそるおそる槙野に尋ねた。
「ええと、十年の付き合いって、それって西嶋さんのこと言ってますか?」
「あぁ、今日はずいぶんと機嫌が良さそうじゃないか。いいことでもあったのか?」
ふ、ふっ。ははっ。
俺は思わず声を上げて笑った。
「ありがとう槙野、気づいてくれて嬉しいよ。そう、今朝は楽しいことがあってさ」
「そうか、それは良かった。俺が気づくくらいだから、よほど楽しかったんだな」
「そうだな」
槙野とのんびりとそんな平和な会話を交わして、そのまま落ち着いて仕事に戻った。
「……いや、俺が言いたかったのはそうじゃなくて!」
一人、神崎はそれでは落ち着かなかった。
どうにもきゃんきゃんうるさい奴だ。
「早野さんが!スーツなんですよ!しかも超かっこいい!」
「おい、あんまり余計なこと喋るんならガムテープで口塞ぐぞ」
不機嫌面の琉夏が神崎の腰を拳でどつく。
「そんなぁ。褒めてるのに」
ふふん。
琉夏の魅力は俺が解ってれば充分なんだよ。
あんまり騒いでると……。
「神崎、仕事しろ」
「は、はいっ」
槙野に叱られて、神崎は慌てて席に戻った。
◇ ◇ ◇
昼前に、自販機でどれを買おうか迷っていたら、不意に声をかけられた。
「なあ、西嶋さん」
振り返らなくともわかる。琉夏だ。
「なんだい」
そうだ、珈琲にしよう。無糖のやつ。
ピピッと電子音と共に缶珈琲が筐体下部に排出される。
缶を手に取り屈んだ腰をのばしつつ、後ろに視線をやった。
琉夏は腕組みをして柱に寄りかかっている。
うん。百合人 に任せてよかった。写真一枚でスラックスの丈までぴったり仕上げてきた。
後は早急に靴を用意しよう。
いや、明後日は休日だ。琉夏に付き合ってもらって自分の好みに合ったものを選んでもらった方が良い。
それが良い、そうしよう。
「琉夏?」
琉夏からの応答がない。
顔を上げると、琉夏がもの言いたげな顔で俺を見ていた。
琉夏が口を開くのと同時に、昼休みを知らせるチャイムが流れ、間をおかず事務室から人が大量に吐き出された。
俺の視線は飲み物を買いに来た他の社員で遮られる。
合間に琉夏が何度か口を開きかけたが、タイミングが合わず、苦笑いで終わった。
俺は強引に人の波を横切って、琉夏の腕を掴むと促した。
「飯食いに行こう」
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