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1-コンクリートジャングル(6)

「おかえりなさい、明人さん」 「ただいま」 家に帰ると、ちょうど洗濯済みのタオルか何かを両手に抱えた彼が廊下にいて、にこりと迎えてくれた。 彼……諏訪百合人はかつて『Clementine』の従業員だった。 初めは腕の良いテーラーとして老舗の紳士服店で働いていたが、腕を見込まれて誘われ、『Clementine』に転職した。 企画部に所属したが、転職後しばらくして唯一の身寄りだった母親を亡くし、それをきっかけに心の病で退職。 一人きりの百合人は復調後も容体は安定せず復職は難しい状態で、俺と同年齢ということもあり両親は他人事に思えず、留守がちな家の住み込みの家事代行として個人的に雇用した。 とはいえ、百合人が来るまでは俺は一人暮らしだったわけで、俺も大体の家事はできるから、俺としては同居人だと思っている。 同居人はほぼ家に居るが、一方で両親は仕事や趣味で国内外を飛びまわっていて、ほとんど家にはいない。 たまに季節の変わり目なんかに、思いついたように帰ってくるばかりだ。 そこで、インターネットを通じたやり取りをできるだけ頻繁に交わすように努めている。 そんなわけで、この家には基本、俺と百合人の二人が暮らしている。 そして、百合人といえば今日の影の功労者だ。 「百合人、ありがとう。スーツ完璧だったよ」 脱衣場の棚にタオルを補充する彼を横目に、洗面台で手を洗う。 「ああ、それはよかったです」 銀縁眼鏡の縁を控えめに光らせて、彼がにこりと笑う。 今日琉夏に着せたスーツは、琉夏の従妹である小牧絵里から、分かる範囲でサイズを教えてもらい、残りは絵理から貰った写真を参考にしながら百合人が仕立てたものだ。 「でさ、明日も新しいのが必要になりそうなんだけど、大丈夫?」 「ええ、何着か作ってみたので、残りも仕上げておきますね」 「ありがとう。さすが百合人」 俺がそう言うと、彼は嬉しそうに笑った。 百合人が穏やかな笑顔を見せてくれると、心が落ち着く。 「久しぶりに針と糸に触ってるので、とても楽しいです」 「そう?良かった。百合人の気分転換になれば俺も嬉しいけど……あ、そうだ、こっそり写真撮ったんだ。見てくれよ、着こなし完璧だから」 片手で百合人の腰を捕まえて、昼食時に撮った琉夏の写真を探す。 「ほらほらほら、見てよ、なかなかだろ?」 「明人さん、やっぱり見目良い方に惹かれますね、ふふ」 百合人は俺をちらりと見て笑った。 「はは、もう面食いって言っちゃえよ。百合人は特別に許す」 「ありがとうございます。言わないですけど」 「なんでだよ。許したんだから言えよっ、……あはは」 俺はじゃれて百合人の髪をくしゃくしゃにした。 俺はそれほど社交的な性格じゃない。 話しかけられれば大体誰でも愛想良く相手はするが、プライベートに踏み込んだ付き合いをするのは、百合人や槙野を含めた数人だけだ。

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