13 / 49

1-コンクリートジャングル(13)

「あ、そうだ西嶋さん。鰻奢ってくれるんだよな?」 琉夏がハンガーをラックにかけて振り返った。 朝着替えさせた時より機嫌が良くなってる。 これは鰻効果か、まさかの槙野効果か……? 後者だとは思いたくないところだ。前者でもちょっと悲しいけれど。 「もちろん。行きたいところがあるのか?」 問うと、琉夏はコートのポケットから携帯を取り出して、何か探し始めた。 「この辺、意外と鰻食わしてくれるところが多いんだな……普段食わねぇから初めて知った。ほら、ここでどうだ」 琉夏が提示した画面には、駅の反対口にある店のページが表示されていた。 しっかりタレを塗られて照りのあるかば焼きの焼き目が、否応なしに食欲をそそる。 ああ、これは業務時間内に見ちゃいけないヤツだ。自粛。 シズル感溢れる美味そうな鰻の写真から逃げるように、俺は店名と店の地図に目を凝らした。 「ああ、そこ美味しいらしいね。もちろん構わないけど……ランチじゃなくて、ディナーにしないかい?」 「む」 昼メニューのお重は、たぶん出来立てじゃない。 夜であれば、焼きたての鰻を楽しめる。しかもアルコールOKだ。 「あぁ、白焼きで一杯やるのもいいねぇ。ここ、お酒も良さそうなの揃えてるじゃないか」 「ちょ、おま、なんで、なんで俺が我慢したのにそういう事言うんだよ……!」 どうやら検討済みだったらしい。 唇を噛み締め、眉間にしわを寄せて誘惑と戦う琉夏。 思わぬところで琉夏のこどもっぽい一面が見えた。 「やめろ。頭を撫でるな。ガキじゃねぇんだぞ」 「ふふ、ごめんごめん。で、どうする?」 にこやかに微笑んで答えを促すと、眉間のしわがまた少し深くなった。 「う、ん……。そうだな……せっかくだから、夜、にするか」 よし、来た。 「じゃあ十八時半で予約しておくよ」 「ありがとう」 「いやいや。楽しみだなぁ」 なんと琉夏と食事、時間次第でその後どっか行って、デート、もできるか? 琉夏は今日忙しなかっただろうが、俺は棚ぼただ。 神崎と琉夏には苦労をかけたけど、琉夏は俺が今夜癒してやるからいいだろう。 神崎は槙野がなんとかするだろ。 神崎は槙野の心離れを恐れていたけど、俺がみる限り、その心配は杞憂だ。 さっき槙野が赤い顔をしていたとおり、槙野は神崎にべた惚れだ。 それも相当。飼い犬を溺愛してると言ってもいい。 琉夏、もしくは俺が誘惑したところで揺るがないだろう。 良かったな、神崎。

ともだちにシェアしよう!