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2-けもの道(5)

「あぁ。それは災難ですね……」 俺が秋さんに苦笑してみせると、秋さんは嘆いた。 「そうなんだよ。ありがとう……。それで、たまたま泊まりで仕事してたんで、幸い身の回りの必需品だけは持ってたからさ」 傍らに置いたキャリーバッグを手のひらでぽんと叩く。 うわ、秋さん指先に至るまできれいにしてる。 形の良い爪も健康的なピンクだし、傷はもちろん手荒れ一つない。 何の仕事してる人なんだろう。……ああ、いけないいけない、話聞いてたんだ。 つい、美しく整えられた手指に見惚れていた俺は、視線を上げた。 「宿なしになっちゃったから、当面の住処を求めて可愛い弟のところにきてみたものの、冷たく追い返された、ってわけ」 「はあぁ」 「な、なんだよ!なんで西嶋さんまでそんな顔すんだよ! 俺が悪者みたいじゃねぇか」 琉夏が一歩下がって文句を言う。 今は秋さん側についとこう。ふふ、弱り目の琉夏も見てて楽しいし。 「冷たく追い返したわけじゃねぇだろ?!うちじゃ狭いし、貸してやれる寝床もねぇし、どうせ泊まるなら広い部屋持ってる真冬のところに行った方がいいんじゃねぇか、って言っただけだろ! ……あぁ、真冬ってのはうちの長男なんだけどよ」 ふぅん。三人兄弟なのかな? 長男が、会ったことない真冬さん、次男が秋さん、で、可愛い末っ子が琉夏。 「だって真冬連絡つかないんだぜ。電話にも出ないし、メッセージ送っても既読にすらならないし! もう琉夏に頼るしかないんだってば」 「あー……分かったよ。今のところはうちに入れてやるよ。ただし! これから真冬を説得するから、OK出たら速攻で真冬んとこ行けよ」 最後は琉夏が折れた。 「ありがと琉夏! やっぱお前はいつまでも可愛い弟だよ」 「余計な感想はいらねぇ。……西嶋さんも、さっさと中に入ってくれ」 促されて、琉夏の部屋にお邪魔しようとした、途端に制止された。 「あ、西嶋さんストップ! 足元気をつけてくれ。片づけてる途中だったんだ」 警告。リビング入り口前の床にトラップ有り。至急右手の壁に退避せよ。 ああ、これは確かに踏んだら痛そうな……痛そうな……。 「……琉夏、何だいこれ?」 「は、何って、メモリーだけど?」 床に落ちていたのは、緑色の板にチップが載った……基盤。 「なんでこんなところに落ちてるんだい?」 会社でのちょっとした会話とか、よく基盤グループのコアなメンバーと楽しそうに話してたりとかしてるのを見るから、たぶんそうなんだろうな、好きなんだろうな、とは思ってた。 思ってたけど……現実に突き付けられると……眉間にしわが寄るのを抑えられない。 いや、全然全く悪い趣味じゃない。それは分かってる。 ただ、俺が個人的に面白くない思い出があるってだけで。 「はは、西嶋さん、あんた面白い顔してるぜ」 玄関を閉めてメモリーを拾いに来た琉夏が、俺の顔を見上げて笑った。 にやって、ちょっと意地悪な、でもいかにも楽しそうな笑顔。その笑顔は魅力的だけど……はぁ。 やめよう。他人の趣味にケチつけちゃいけない。

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