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2-けもの道(9)

『そういうことなら、断る』 盛り上がってる秋さんをよそに、声の主は素っ気なくもそう言った。 「じゃーいーよ。琉夏の部屋に泊めてもらうから」 『俺もそっち行く』 「は?」 琉夏の眉間にしわが寄る。 『いいだろ。久しぶりに三人で暮らそうぜ!』 「ま、ふゆ、何アホなこと……」 琉夏が呆気にとられて口をパクパクさせてる。 『じゃ、今からそっち向かうからな!』 向こう側が一方的に盛り上がったかと思うと、ふつっと通話は切れた。 「おい、ちょっとどういうことだよ」 「ん。楽しいことになってきたな!」 俄然笑顔になる秋さん。 琉夏は相変わらず眉間にしわ寄せたまま、「はぁ?」 とだけ言った。 安定のローテンション。 「なんでよりにもよって、一番狭い俺のとこに来んだよ……真冬の部屋の方がずっと広いだろうが」 ああもう、琉夏の眉間を押さえたい。 きゅって寄ったその眉間を指先で広げて、ほぐしてやりたい。 鬱陶しいって、ぺって、振り払われそうだけど、それでもいい。 機嫌の悪い琉夏を笑顔にしてやりたい。 そんなことを考えて俺が内心身悶えていたら、妄想の指が具現化して、人差し指と中指が琉夏の眉間をにゅって押さえた。 「!」 秋さんだ。秋さんが琉夏をからかってる。 俺もやりたいんですが? というか、俺『が』やりたいんですが! 「やめろ秋」 琉夏がうるさそうに唸って、秋さんの指を捕まえて放り捨てた。 「じゃあそんな弄ってほしそうな顔するなよ」 秋さんがくすくす笑って琉夏の顎の下を指先でくすぐる。 なにそれ! ちょっと待ってお兄さん! 俺にも! 俺にもやらせてください! 俺だって琉夏の先輩にあたるわけだし、琉夏を可愛がる権利が少しはあると思うんです! 思わず心の中で抗議する。 「うるせぇ」 くすぐる指もそっけなく叩き落とした琉夏がふと視線を上げた。 「ふ。また西嶋さん変顔してるぜ。腹減ったのか? 待ってろ、飯はもうできてるから」 琉夏は笑ってそう言って、何ともなしに手を伸ばして俺の髪を撫でて行った。 琉夏がキッチンの扉の向こうに消えると、秋さんが何故かその扉をきっちり閉めて俺を振り返った。 「あのさぁ西嶋さん」 「はい」 整った顔立ちが、いかにも可笑しそうに笑っている。 「西嶋さん、結構琉夏のこと好きでしょ」 え……? 好きかどうかと訊かれると……好き、なのかな。 だって、琉夏をかまいたくてしょうがないもの。 「あぁ、大丈夫。琉夏には言わないよ。……琉夏、からかい甲斐あるし可愛いからね。気持ちは分かるよ」 「はは、は」 そう。普段不愛想なくせに、時折見せる優しいのに男くさい表情のギャップが愛しくてたまらないんです。 琉夏の笑顔の虜なんです。 ああ……久しぶりだ、この感情。俺、琉夏好きになったんだな。うん。好きだ。 好きです……あ、あれ? 秋さん、怖いです。 秋さん、顔はにこやかだけど、目だけが一切笑ってないです! 「でもね、僕協力はできないよ。可愛い弟をそう簡単に渡すわけにはいかないでしょ?」 笑って! お願いします、笑ってください秋さん! 「お互い頑張ろうね、西嶋さん」 これって。 もしかして宣戦布告。 俺としたことが、よりによって、琉夏のお兄さんを敵に回しちゃった?

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