29 / 49
2-けもの道(11)
「琉夏、もしかしてスーツ着て会社行くようになったの?」
「え、いや、それには事情があってだな」
琉夏らしくもなく、もにょもにょと言い訳してる。
「事情? 会社員がスーツ着るのにどんな特別な事情がいるのさ? そんなのいいからはっきり答えてよ、着てるのか着てないのか」
「その、着たくて着てるわけじゃないっていうか、本意じゃないっていう「ピンポーン!」」
琉夏が見苦しく足掻いていると、タイミング悪くチャイムが鳴った。
逃げ道を求めてとっさに琉夏が動こうとしたけれど、秋さんの方が早かった。
琉夏を視線で押し止めたまま、すっと手をのばしてインターホンのボタンを押す。
『遅くなりましたー!』『俺も来たぞー』
能天気に明るい声は神崎だ。もう一つ琉夏に似て低い声の人が真冬さん、なんだろうか。
秋さんが開錠ボタンを押した。
「開けたよ。どうぞ」
さて、ここで俺が、事実をぶちまけちゃうのは簡単だけど、やっぱりそれじゃつまらない。
琉夏自身に再認識してもらうためにも、琉夏の口から白状させたい。
どうしようか。
「ねえ琉夏、早く観念してよ。真冬に力ずくで強引に吐かされるより、優しい僕に素直にゲロッちゃった方がよくない?」
なんだか警察の取り調べ室にでもいるような気分になってきた。
目が笑わない秋さんの微笑みが、刑事のそれに見えてくる。
「話すことなんかねぇよ。俺の事だ、秋にも真冬にも関係ねぇだろ」
お。琉夏が開き直った。
しかし、秋さんはそんな弟を見て笑った。
「あのねぇ。琉夏も分かってると思うから、今さら言うのも野暮だけど、僕も真冬も末っ子のお前が可愛くてしょうがないんだよ。そんな弟が、毎日てきとーなカッコして仕事行ってるんだ、気にかけないわけがないだろ? 思い直して、ちゃんとスーツ着てるかもなんてことになったら尚更だ。気になるだろ。つーか、琉夏にはスーツ絶対似合うに決まってんだ、今すぐ着て見せろ」
話しているうちに、秋さんが心の中でだんだん前のめりになっていくのが、手に取るようによく分かる。
「おい、落ち着けって、な? 秋? 俺だって二十八だ、今更スーツ着たって初々しさもねぇし、面白くもなんともねぇだろ」
いや、俺は大いに興味あったけどなぁ。
ほら、秋さんもそう言ってる。
「面白いかどうかは、実際見てから僕が判断するものでしょ? さ、いいから。琉夏、早く。早く着て」
そんなやり取りを聞いていると、玄関からガタガタと物音が聞こえてきた。
「邪魔するぞ」
「お邪魔しまーす!」
槙野(おまけで神崎)だ。
それと……。
「おっ! おい琉夏! お前スーツ着るようになったのか?!」
着いて早々に、真冬さんにばれたみたいだ。
廊下の向こうからドアを開ける音と歓声が聞こえてきた。
「あーぁ」
秋さんは、ため息をつきながらもにやにやするという、難易度の高い芸当を見せながら琉夏の腕を掴む。
俺も、琉夏自身に白状させることができなくて、残念だ。
「ばれちゃったね。さ、行こうか」
往生際悪く引き摺られながら、琉夏が嘆く。
「なんで、家主の俺の顔見るよりも先に私室覗いてんだよ……躾がなってねぇだろ……」
「躾がなってないのは琉夏、お前も一緒だろ? メッセージを無視したりして。この機会に、もう少し兄……ていうか僕のことを敬いな」
「はぁぁ。めんどくせー……」
「琉夏!」
琉夏と秋さん、仲良いんだな。
いいな。羨ましい。
ともだちにシェアしよう!