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2-けもの道(12)

散々抵抗しながらも、琉夏は真冬さんと秋さんの手によってスーツに着替えさせられた。 「ふーん。やっぱり琉夏、スーツ似合うじゃん。さすが僕の弟、華がある」 「はーぁ。もういいよ、どうとでも言え」 琉夏はもう捨て鉢になっている。 「褒めてるんだけど?」 「そう聞こえねぇよ……気のせいか……?」 褒め言葉すら琉夏には届かないみたいだ。壁にぐったりもたれて、口からエクトプラズムを吐いてる。 「お前のチョイスにしては意外とドレッシーだが、良い。無難にまとめるよりずっと良いぞ」 真冬さんがぐっと親指を立てる。 あぁ、真冬さんとは、琉夏の着替え騒ぎの最中にささっと挨拶を交わした。 がっしりとして均整がとれた体つきで、頼りがいがありそうで、カッコいい。 琉夏から色気をなくして、男らしさに全振りした感じ、と言えば分かってもらえるだろうか。無理か。 うん……早野兄弟は揃いも揃って容姿が整ってる。家族写真を撮ったら壮観だろうな。 「選んだのは俺じゃねぇよ……そこの、西嶋さんが」 余計なことをし腐って、と琉夏は声を出さずに続けた。 「あぁ、なるほどな。既製品じゃないからどうしたのかと思ったんだ」 真冬さんは頷く。 「は? なになに、どういうこと? 僕分かってないよ?」 秋さんは意味が分からなかったようで、首を傾げた。 ……ちょうどキッチンから顔を出した神崎が、丸い目をぱちくりする秋さんを見つけて、猫みたいで可愛いともだえている。こいつ、年上に向かって失礼だな。 はは、槙野に見つかって神崎が睨まれた。 「どういうことって……西嶋さんって、『Clementine』の御曹司だろ?」 え、ああ、そうだった。俺の話になったんだった。 「あー、その、御曹司ってほど立派なものじゃないですが。はい、その西嶋です」 とたんに秋さんが声を上げた。 「え!? ……あ、ホントだ。僕さ、個人的に『Clementine』大好きでさぁ」 「さっき着てらっしゃったロングコート、今年出したヤツですよね。ありがとうございます」 よそ行き笑顔をはりつけて軽く頭を下げる。 「なんだぁ、じゃ、ライバルだね」 え、え? また剣呑な展開? せっかくの俺の笑顔効力なし? 「僕と真冬、一応ファッションモデルとしてご飯食べてる身だからさ」 「一応? 俺は本気でやってるぞ」 真冬さんが訂正する。 「もう。言葉の綾だよ、僕だって本気でやってる。本気でやって、いつか『Clementine』の仕事するのが今の僕の目標なんだけど……なかなか、ねぇ。西嶋さん、僕と同い年なんだよねぇ。この年代は、モデル、足りてるって言われちゃってさぁ」 『Clementine』は俺の成長と共に育っていて、常に俺の年代がメインターゲットになってる。 もちろん子供服や十代向けの部門もあるから、そっちはモデルの需要が多くあるんだけど……。 メインの部門、今は二十代後半男性の部門は、俺がモデルをしてるから、他にモデルを連れてくることはあまりない。 もちろん、需要ゼロではない。ないけれど……狭き門にはなっているだろう。 会社員やりながらモデルもやってることについて、俺もいろいろ思うところはある。 お坊ちゃんがお遊びでやってる、とだけは絶対に思われたくないのが、俺の本音だ。 だから、仕事が忙しくても適度な運動は欠かさないし、食事にも気を遣ってコンディションを整えることだけは忘れないし、残業で疲れててもヘアケア・スキンケアは怠らない。他にも色々人一倍努力しているつもりだ。 つもりだけど……その思いがそう簡単に万人に伝わるわけでもなく、いろいろご意見もあることだろう。 ああまずい。 また秋さんが例の微笑を浮かべてる。 どれだけ秋さんの心証を悪くすれば気が済むんだ、俺。 秋さんが何か言おうと口を開いた……その時、琉夏が会話に割って入った。 「いい加減、飯食おうぜ、飯。せっかく俺が作ったんだから食ってくれよ」 ありがとう琉夏。 秋さんの気は逸れたみたいだ。

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