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2-けもの道(14)

「ねぇ琉夏、それで僕らはどこに住んで良いの?」 食事を終えて一息つくと、早速秋さんが琉夏に訊いた。 そうだった。そういう話なんだった。 琉夏は「あぁ?」と少し煩わしそうな顔をして、片手で髪をかき回した。 あ、ちなみにさっき皆で着せたスーツは、食事の前にあっさり脱ぎ捨てられた。今頃は何事もなかったかのように、琉夏の部屋の壁に掛かっているはずだ。 今琉夏は長袖カットソーと何の変哲もないグレーのパンツで、シンプルで飾り気のない、そして見覚えのある格好をしてる。 つまり琉夏の通勤時の服装ってこと。 琉夏……本当に毎朝、何も考えずにただ目についた服を着てるんだね。 この男は、まったく、もう。 琉夏がお兄さんたちと話している隙に、俺は神崎をこっそり手招きした。 一度念押ししておこう。 「おい神崎、俺が琉夏と良好な関係を構築するためなら、お前、協力するよな?」 「え……まぁ、そりゃ、西嶋さんがフリーじゃなくなるならできるだけ協力しますけど……」 何が気に食わないのか、不満がちらつくトーンで神崎は渋々頷いた。 「なんでそんなに歯切れ悪いんだよ」 「えー、だって、早野さん……うーんと、琉夏さんに西嶋さん押し付けちゃっていいのかなって。ほら、西嶋さんって、性格アレじゃないですか。琉夏さん良い人だから、悪いなって思えてきちゃって」 なるほど。なるほどな、この野郎。 「そうだな、俺の性格が問題だよな」 それについては今更怒る気にもならない。適当にうんうんと同意しておいて、俺はとっておきのエサを取り出した。 「話は変わるが。今も槙野と仲良くやってるか?」 神崎はあからさまに警戒して、一歩引いて様子見をする。 「な、なんですか。仲良いに決まってるじゃないですか。俺たちの間に西嶋さんが入る余地なんて、一ミリもないですよ」 ふふん。 槙野のこととなると、相変わらず素直で扱いやすいな。 「仲が良好なら別にいいんだが。酔った槙野には会ったか?」 神崎は怪訝な顔をしたまま、その丸い目だけをふいっと横に逸らした。 やっぱり。槙野、神崎の前では酒飲んでないな。 神崎がどこまで知ってるかは知らないが、酔った槙野は別人だからな。 神崎のために槙野が自制してるんだろう。 「腹黒性悪な西嶋さんが何を言いたいのか分かんないですけど、槙野さんはお酒飲まないんです」 「はん。強がるなよ。家に神崎が知らない酒瓶あるだろ?」 俺がそう言うと、神崎は返答に詰まった。やはり酒はあるようだ。 「槙野がお前になんて言ったかは知らないが、槙野は酒嫌いでも、酒に弱いわけでもないぜ。飲みたい気分ならそれなりに飲む」 「き、気分?」 ふふん。掛かったな。 神崎は口を開いたり閉じたりして、何事か言いたそうにしているが、口にできないでいる。 はは。悔しそうな顔してる。 「お酒飲みたい気分て、なんですか」 しばらく葛藤した後、神崎が渋々聞いてきた。 これで俺が「さあ、なんだろうな」とでも言ってはぐらかしたら、こいつどれくらい怒るんだろうな。見てやろうか。 なんて、こんなこと考える頭だから、性格悪いって言われるんだろうな。 もちろん直す気はないよ。 性悪な俺でもつきあってくれる奴らだけで、俺は充分だ。 「ちょっと、焦らさないでくださいよ西嶋さん」 俺が答えずに黙ってたら、神崎の我慢がすぐに限界を迎えた。 「知りたいか?」 「知りたい訳じゃないですけど……そんなにもったいぶられたら、気になるじゃないですか」 神崎は不本意そうに唇を尖らせて降参した。 「俺が、琉夏と両想いで付き合うまで、俺のために尽力するか?」 完遂したら教えてやるよ、と、とっておきの笑顔で神崎を促す。 「えええ、条件きっつ」 「じゃあやめるか?」 「やりますって。やりますよぉ。さっきの、絶対教えてくださいね?」 「ハッピーエンドを迎えたら、教えてやるよ」 よし。手駒を一つ確保した。 動機がどうであれ、味方は多い方がいい。そうだろ?

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