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2-けもの道(15)
「あ! 琉夏さん、この靴どうですか? かっこいいですよ。色合いも形も絶妙で良いと思うんですけど!」
「んー、ちょっと若くねぇ? 神崎お前、俺の年知ってるか?」
俺がいつも靴を買う店に来た。
陳列されている靴をあれこれ眺めて、琉夏と神崎がやんややんや言っている。
「知ってますよぉ。槙野さんの一つ下でしょ?」
「へっ。槙野さん基準で覚えるなよ。普通自分を基準にするだろ」
「なんでですか。世界は槙野さんを中心に……」
「あーはいはい、分かった分かった、悪かった。俺が間違ってた。俺は槙野さんの一つ下だ。その通りだ」
ちょっと神崎のぽんこつっぷりが目立つが、全体としては和やかだ。
琉夏もいつもより柔らかい表情をしていて、隣にいるのが俺じゃないのが悔しいくらい。
ん? うん……まぁ、そう思うよな?
『遠巻きに見てないでお前も琉夏の隣に行けばいいだろ』って思うよな?
ごもっともだ。至極ごもっともなんだが……さっき俺としたことがしくじって、琉夏を更に警戒させちゃったんだ。
三十分前の話なんだけどさ。
「うーん、はぁ、これでいいんだろうけどなぁ。なんか俺は納得いかねぇ」
あまりに適当な琉夏の外出着を改善したくて、先に何軒かショップをまわった。
三軒目でようやく満足なコーディネートができたんだけれど、なかなか琉夏が頷いてくれない。
「気に入らないかい? 琉夏。俺は似合ってると思うんだけど」
「完全に西嶋の趣味だけど、俺も悪くないと思うぞ」
ほら、槙野の同意ももらえた。
しかし琉夏は納得してくれない。
「季節的に、半袖に長袖を重ね着するのは、百歩、いや千歩譲ってアリなことにしてもいい。俺は厚手の服着れば一枚で済んで合理的だと思っているが、だ。しかしこのジャケット、でかくねぇか」
「オーバーサイズなの、嫌いかい? 雰囲気がしまりすぎないで適度に弛む感じ、俺は好きなんだけど。このジャケット、トラッドな感じもあってむしろ俺が気に入ったかも」
「俺の理解を超えてるな」
そう言って琉夏は試着室に戻ろうとする。
「あー! 待って待って、琉夏待って」
俺は琉夏が元の服に戻ろうとするのを引き留めた。
なんだよ? と琉夏が振り返りきる前にすかさず店員さんにお願いする。
「このまま着ていきます。タグ切ってもらえますか?」
「かしこまりました。お支払は……?」
「これでお願いします」
「あ! てめッ勝手なことしやがって!」
琉夏が服を脱いでしまう前に、先手を打ってクレジットカードで支払を済ませた。
「ふざけるなよ、俺ァ服買ってもらわにゃなんねぇほど、金に困ってねぇぞ!」
あああ。琉夏をちょっと怒らせちゃった。
「琉夏ごめん。でも俺は琉夏にその服を着ててほしいんだよ」
「んなもんてめぇの勝手だろうが! 金は返す……あぁクソ、手持ちの現金じゃ足んねぇ」
琉夏はバッグの中を探って、結果に歯噛みする。琉夏、いつもアプリ決済かクレジットカード払いしてるものね。基本現金は持ち歩かないんだろう。
琉夏がつかつかやってくると、俺に紙片を突き付けた。
「必ず返すかんな!」
破り取られたメモ用紙には、『西嶋明人に 《金二万八千六十円》 借りた! 早野琉夏』と殴り書きされていた。わざわざ二重に下線を引いて金額を強調してるのが、琉夏の性格を表してる。
なあなあで金の貸し借りをするのがよっぽど嫌なんだろう。いや、まあ、もっともだと思う。
琉夏はやっぱり怒っているけれど、俺はこの紙切れが琉夏からの手紙に思えて、携帯の手帳型カバー内のカードポケットに大事に入れた。
「ふふ。琉夏、律儀だね」
これだけじゃまだ足りない。
知らず知らずのうちに琉夏との繋がりを更に求めて、浮かれた俺は琉夏へ手を差し伸べる。
しかし俺の手の甲が琉夏の頬に触れる直前、琉夏は反射的な動きで俺の手を撥ねのけた。
あぁ悪い、と琉夏は言ったが、撥ねのけるその一瞬、確かに冷ややかな風が俺達の間をすり抜けていった。
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