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2-けもの道(16)
再び靴屋に戻って現在。
「どうしたんだ、西嶋。ずいぶん大人しくしてるじゃないか」
「いっ、いやいや、そんなことないぜ。いつも通りだろ?」
内心ずずん、と落ち込みながらも平静を装っていたつもりだったんだが、あっさり槙野に看破された。
さすが槙野、親友だ。
でも、今は落ち込んでる場合じゃない。琉夏と休日を過ごせるせっかくのチャンスなんだ。
明るく振る舞わないと……。
「落ち込んでるように見えるぞ? 俺が告白断った時の顔してる。大丈夫か?」
俺は頑張ってるんだよ槙野! くじけるようなこと言うなよ!
今優しい言葉かけられたら、うっかり泣くだろ!
そんなにあからさまにへこんでるのか、俺。
琉夏に接触を拒まれて少なからずショック受けたとは言え、メンタル弱すぎじゃないか。
駄目だ駄目だ西嶋明人。お前槙野に何回フラれたと思ってるんだ。
あれだけフラれてもしぶとく立ち直ってきただろ。
諦めの悪さがお前の取り柄だろ。
自分に言い聞かせて、槙野に笑顔を見せる。
「ありがとう槙野。でも本当になんでもないんだ」
「そうか? ……うーん、その、俺はこういう時なんて言って元気づけるのが適切なのか分からないんだが」
槙野が、時に優しくも見えるその温かな茶色の瞳を俺に向ける。
その心遣いにほろりとしたが、
「早野みたいな変人に惚れるのは西嶋くらいだけだろうから、焦らずゆっくり付き合っていけよ」
こう続けられて、俺は思わず前につんのめりそうになった。
「西嶋、誰でも落とせそうなのに、よりによって変人にばっかり惚れるよな」
「待て待て槙野、そりゃないだろー」
何を言うのかと思えば、槙野が笑っている。
「西嶋、ちょっと趣味が悪いんじゃないか」
軽くジャブを打ってきた。
「お前それ、自分も否定してるんだぞ」
「そりゃそうだろ。俺は自他ともに認める変人だぞ」
珍しく槙野が開き直る。
「他って誰だよ。誰も認めてないって」
はは、と二人で笑いあっていると、ふと視線を感じた。
振り返ると、はっとしたように琉夏が背を向けた。
え? ああ、神崎? 神崎ならえらく険しい顔で俺を睨み続けている。仕事しろよ!
神崎が投げてくる、さながら剛速球の重い視線を俺が打ち返したら、つかつかつかっと神崎が詰め寄ってきた。
「どういうことですか。なんで腹黒先輩が槙野さんと仲良くしてるんですか」
俺の腹にぐりぐりと拳を押し付けて、耳元で神崎が言う。
「お前こそ何を遊んでるんだよ。お前の役目は俺の監視じゃなくて、琉夏の歓待だぞ」
神崎の文句を鼻で笑って流そうとしたら、こいつ、意外なことを言いだした。
「俺はしっかり役目果たしてますって。それなのに、腹黒先輩が邪魔してくるから、琉夏さんの気が散っちゃうんですよ」
「は?」
「は?じゃなくて。西嶋さんが槙野さんと仲良く笑ってるから、うっさくて琉夏さんがそっち見ちゃうの」
つまり琉夏が俺のことを気にしてるってことか?
一応念のために言っておくが、俺は周りの客の迷惑にならないよう、ちゃんと声を適度に押さえてる。
神崎はうるさいと大げさに言ったが、咎められるような声量じゃない。
と、いうことは?
おいおい、気づかないうちに風向きが追い風になってるじゃないか。
いったい何が琉夏の心を動かしたのか、それは俺でも分からないけれど、どうやら俺は琉夏の気を惹くことには成功したらしい。
俺が琉夏を見ると視線は逸らされてしまうけど、確かに、時折琉夏がちらちらと俺を気にしている。
「よくやった神崎。引き続き任務に励め。うまくやったら追加報酬も考えてやるよ」
「……Aye,Sir」
神崎は琉夏の隣へ戻っていった。
ふふ。なんだ、順調じゃないか。
待ってろよ琉夏。今は阿呆犬の接待で申し訳ないが、すぐに俺が隣に立てるようにするから。な?
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