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3-断崖絶壁(1)
ふふん。
俺はともすれば綻びそうになる口元を引き締め直して、入力途中の一覧表を開いた。
仕事中になんでそんなににやついてるのかって?
幸せだからだよ。決まってるだろ。
週が明けてまた新しい五日間を迎えたわけだが、琉夏の装いは俺好みに整えられてる。
いや、正確には俺好みじゃなくって、秋さんか真冬さんの好みなんだろうけど。どっちでも構わないし細かいことはどうでもいい。
肝心なのは琉夏が至って魅力的に整えられてるってこと。
そして、そんな装いへの琉夏の抵抗が明らかに低減してきたってこと。
このまま上手くいけば、俺好みの琉夏の完成も遠くない。
深い湖水のようなブルーを基調にしたネクタイは、ともすれば野性味をおびて見える琉夏を、理知的に魅せることに成功している。
「ふふ。琉夏、そのネクタイ素敵だね。良く似合ってる」
「うっせぇ。おい、課題一覧いつまで掴んでるんだ。さっさと解放してくれ」
琉夏はいつも通り、つれない。だからと言ってへこむ俺じゃないけど。
「あぁごめん、あとひとつ書かせてよ」
「課題増やしてんじゃねぇだろうな」
「ふふ。増やしたって琉夏が解決してくれるだろ?」
「俺に可能な範囲でな」
珍しく琉夏が真面目にそう答えたから、俺は一覧の最後に書き足した。
『早野琉夏と西嶋明人のデートの日程を至急調整。両者の意見のすり合わせが必要』
五回くらい上書き保存してアプリを終了し、琉夏に微笑みかける。
「お待たせ、琉夏」
琉夏の、最近は標準装備になってしまった胡散臭そうな表情。何考えてんだこいつ、油断なんねぇ。……そんな顔。
これを見るたび俺は嬉しくて笑みを抑えきれなくなる。
だって、これは琉夏が俺にだけ向けてくれる表情だから。琉夏を独占してる気分になるんだ。
「アホ、ボケ、カス、遊ぶなタコ」
どうやら琉夏が俺たちの課題について読んでくれたみたいだ。
予測どおりの反応だね。
「あぁ、デートじゃなくて、逢い引きの方がよかった?逢瀬、も素敵だよね」
「そういう、問題じゃ、ねえ、っつってんだ」
語句を区切って強調する琉夏。本音で俺の相手をしてくれてる。
あの人嫌いの琉夏がだよ? 俺のからかいに乗ってくれてる。
これが嬉しくなかったら、何が嬉しいって言うんだよ。
ああ、仕事なんかそっちのけにして、琉夏の胸に飛び込みたい。
琉夏をこの手で着替えさせた俺は知っている。
琉夏は意外と筋肉質で、胸板も充分厚いってことを……。
いや、駄目だ俺、落ち着け。手順が大事だ。
相手の出方も見ずにつっ走って、いきなりチェックメイトをかける馬鹿がどこにいる?
慎重に、まずは外堀から埋めていけ。
要するに、俺達の親密度を地道に上げろ。
話はそこからだろ?
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