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3-断崖絶壁(2)

デートか、逢引きか、逢瀬か。表現について琉夏と楽しく談義していると、打ち合わせに行っていた槙野が戻ってきた。 「いつの間にか、ずいぶん仲良くなったな二人とも」 分かってるじゃないか、槙野。 「だろ?」 「誤解です!」 上司に向かって、恐れ知らずの琉夏はがるると牙を剥いた。 「槙野さんからも言ってやってください! 仕事中にふざけんなって」 語気も荒く琉夏が要請したけれど、槙野は取り合わず、穏やかな茶色の瞳で琉夏を宥めた。 「早野は少し落ち着け。もういい加減、後輩たちの手本になっていい頃合いだぞ」 「え、そ、それはその……」 そうか、そういえば琉夏は後輩の育成に関わろうとしない。 普通なら、入社二年目くらいからは後輩の面倒を見るのだけど、琉夏は質問されれば答えるが、能動的に新人育成に関わろうとはしない。もっぱら、自分の好きな仕事に没頭してしまっている。プログラミング、たまに設計。琉夏は気にしていないのかもしれないが、これでは人事評価も下がるだろう。 「なんで新人さん達の面倒を見ないんだい?」 俺がそう聞くと、琉夏はきまり悪そうに斜め下に目を逸らした。 「だってよ……、俺みたいのが増えたら困るだろ」 「そんな簡単に新人さんは染まらないよ」 「他人に教えるの苦手だし……」 「神崎に時々教えてるじゃないか」 「あれは……!あれは、相手が神崎だからできんだよ。説明が足りなくても察してくれるし」 琉夏が言い訳みたいに言って、なんで責めるんだと俺を睨む。 ふて腐れた琉夏は大好きだ。かっこいいの針が振り切っていっそ可愛い。 「なら、さ。俺に教えてよ。練習で。練習は大事だろ?」 琉夏の眉間に深い深い溝が刻まれた。 「なんでそうなるんだよ。経緯がぶっ飛んでて理解できねぇ」 今日の琉夏はライトグレーにチェックが入ったスーツをぱりっと着こなしている。結果、理知的で、でも男くさい苦味のあるイケメンが膨れっ面をしている絵が出来上がった。 愛おしい。写真を撮りたい。記録に遺したい。でも仕事中だから撮れない。お昼休みにでも昼食のついでに撮りたいけれど、仕事中でないと琉夏はここまで俺の相手をしてくれない。ジレンマ。早急に解消しないといけないジレンマだ。 「なあ、槙野。今、こんなのあったらいいなー、なんて思うツールないかい?」 突然のリクエストだったが、槙野はすぐに答えてくれた。 「……そうだな、大量のファイルのリネームをしてくれたら助かるな。オプションでファイルの更新者をファイル名に追加できるようにして。あ、サブフォルダの中も見てな」 やったね。槙野からリクエストがでた。 「ね、琉夏。アプリ作るから、お昼休みに教えて欲しいな」 精一杯の甘え声で、琉夏にねだる。 ああ、眉間の溝が深くなっていく。愛おしい。魅力的。好きだ。とっても好きだ。 熱が上がっていく。

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