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3-断崖絶壁(3)
「じゃ、分かんないとこがあったら訊けよ。俺は席にいるから」
アプリの構築環境を整えた琉夏は、それだけ言ってぽんと俺の頭を撫でるように手をおいて、俺をその場に置き去りにしようとした。
えぇぇ。もう。そんなの酷くないかい? いや、頭を撫でてくれたのはとても嬉しいけれども。
俺が琉夏に手取り足取り教えてもらいたがってることは、きっちり伝わっているはずなのに。
俺が普段使っているノートPCだと、構築にはスペックが足りなかった。だから、運よく誰も使わずに放置していたもうちょっとマシなスペックのマシンを空席にセッティングして、そこでようやく琉夏と俺の蜜月がスタートする……と思ったのに。
「琉夏? 俺、プログラミングなんて新入社員研修以来やってないんだけど。右も左も、上も下も分かんないよ。なに? このエディタに書けばいいの? 最初は定数の定義だっけ。あれ? 違う?」
まじかよ、と背後で琉夏がうめいた。
「ねーえ、琉夏、何から始めればいいの? 教えてよ」
振り返って琉夏を見つめると、うっ、と琉夏が言葉を呑んだ。
「まず……、な」
「うん」
何も分からないふり……いや、実は、こうすればいいのかな? くらいの手順のイメージはあるんだけど、無知のふりをして、じっと琉夏を見上げてみる。
「まず、西嶋さんはこっちを向くな」
「はぁ?」
唐突に、なぜ? 今更俺の顔なんて見飽きてるだろうに。いや、飽きちゃ嫌だけど。
琉夏は続ける。
「そのまま、椅子に座ったまま隣の席に移動しろ」
「ちょっとちょっと、だめだよそんなの」
「ほら、早く。そっちの席に行け」
俺が座ってる椅子の背を掴んで、無理やり移動させられた。
琉夏は自分でアプリを作って、この蜜月をさっさと終わりにするつもりだ。
そんな事させない。俺は琉夏に教わりたいんだ。そしてあわよくば琉夏に甘えたりとか、琉夏と見つめ合ったりとか、したいじゃないか。したいんだよ、俺は。
よし。
琉夏は立ったまま、スココココッと軽快にキーボードを打ち始めている。
このまま逃げ切れるとでも思ってるのかい、琉夏? させないよ。
子供じみたやり口だけど、しょうがない。ご愛嬌だ。
俺は琉夏の後ろに回ると、椅子ごと琉夏に突っ込んだ。
膝かっくん。
不意を打たれた琉夏は、それでも堪えたが、俺は執念で押した。
最後には耐えきれず、琉夏は俺の膝の上に落ちてきた。
「てめっ、何しやがる」
ふふん。俺の言うことを聞かないからだよ、琉夏。
大人しく俺の膝の上に座っておいで。
「ちょ、ちょっと、膝の上はねえだろっ、どアホ、何考えてんだ!」
ああ、ちょうど琉夏に耳打ちできるポジションだったねぇ。
じゃあ、言っちゃおうか。
「俺は、大好きな琉夏と仲良くしたいんだよ。ほら、そんなに暴れないで」
「……ば、ばかやろっ」
危ないなぁ、諦め悪くじたばたするなら、抱きしめちゃうよ。ふふ。
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