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3-断崖絶壁(4)

琉夏と共同作業を始めて、二日め。 昼休みにしかできないから、ゆっくりペースだ。 「琉夏? リビルド通らなくなったよ? なんで?」 琉夏はちゃんと俺の傍に座ってる。座ってくれてるんだよ、驚きだろ? ま、ね。残念ながらまだラブラブには程遠いんだけどさ。でもまだ俺のわがままに付き合ってくれてるのは素直に嬉しい。 「スペルミスだ馬鹿野郎、テメエの目は節穴か? スニペット出るんだから使えタコ。あと、ここがまた数値項目に文字押し込もうとしてるぞ、この鳥頭」 すぐに琉夏が指摘してくれた。 「ああ、ほんとだ。ありがとう琉夏。……琉夏はすごいねぇ、なんでもすぐ分かるんだねぇ」 「……ばあちゃんみたいなこと言ってんじゃねぇ。さっさと直せ」 何だかんだ言っても、琉夏は結局俺の拙いプログラミングを見守ってくれてる。 接触がないのが寂しいけれど、そもそもここは会社だ。自重しよう。 琉夏に指摘されたところを直して、リビルドする。 今度は成功した。 ちなみに、今のところまでで、ファイルのリネームまでできるようになった。 後はファイル名を任意に変えられる機能をつけるだけだ。 うん。言うは易く行うは難し。 どうすればいいか俺にはさっぱり見当もつかない。 もちろん琉夏に甘えるつもりだ。 「ねえ琉夏、この先……」 「お。久しぶり西嶋。何やってんだよ?」 は。聞きなれない声が俺を呼んだ。 ちょっと、今俺は愛しの琉夏と甘美なひとときを過ごしてるんだけど。邪魔するなよ。 渋々振り返ると、どこかで見たような、見ないような……同年代の男が立っていた。 「えーと……」 「幹久譲だ、同期だろ!忘れんな!」 「あ、あぁ」 言われてみれば思い出す。槙野と付き合いがあった奴か。 「幹久って人事部じゃなかったっけ。何か用か?」 「ああ。槙野のとこにな。今いないみたいだけど。書類に判子ついてほしかったんだが、メール便使うより俺が階段降りたほうが早いから、久しぶりに来てみた。西嶋も元気そうだな」 「おかげさまで」 幹久はディスプレイを覗き込んで首を捻った。 「何お前、開発やってんの?」 「うん。教えてもらいながらだけどさ」 「西嶋って、あんまりデスクに向かってやるイメージじゃなかったんだけど。珍しい?」 「もちろん。新人研修ぶりだよ」 「あの。槙野さん戻ってきましたよ」 俺が幹久と喋っていると、琉夏が背後から不機嫌丸出しの声をあげた。 「ん。おー。ありがとう。じゃーな」 片手をひらと振ると幹久は槙野の席に向かっていった。 「ビルド通らないくせに世間話とは良い御身分だな」 ん? 琉夏、怒ってる? 「怒ってねーよ。暢気さに呆れてんだよ」 「そう?そうかな……」 俺は言葉を濁して会話を終わらせた。 絶対今、琉夏は機嫌を損ねてる。 俺がエラー連発してるからじゃない。 一分足らずとは言え、琉夏をほったらかして幹久と話したから。 俺が琉夏の目の前で、他の男と親しげに喋ったから。 ふふ。 嫉妬だなんて。 それは好意的にとらえていいのかい? 俺は期待するよ? 琉夏ともっと親しく付き合える日が近いことを。

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