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3-断崖絶壁(6)

琉夏に珍しく休憩に誘われて、時間外で人気のない休憩スペースに足を運んだ。 飲料やスナックの自動販売機が、低くモーター音を立てているのが聞こえる。 俺はコーヒーを買おうとして、後ろを振り返った。 「コーヒー飲むけど。琉夏は何飲む?」 「ありがとう。俺はいい」 缶コーヒーが一本排出された。 缶を開けて一息つく。 琉夏は思案気にソファに座って黙っている。 一分経って、琉夏が思い切るように口を開いた。 「いい加減、勘弁して欲しいんだが」 「何をだい?」 「俺を玩具にするのを、だ」 意外なことを言う琉夏の目は、笑っていない。 「俺は君を玩具にしてるのかい?」 「俺に聞くんじゃねぇ。……俺は玩具にされてる自覚がある」 「そうか」 「だいたい、あんた槙野さんが好きなんだろ?目の前で俺をからかうとか……何考えてんだ」 次第にはっきりと苛立ちをあらわにし始めた。 いや、苛立ちを隠しきれなくなってきた。 いつも冷めた目をしているのに、今は怒ったように俺を睨んでいる。 怒った琉夏もやっぱり魅力的だな、と琉夏が聞いたら更に腹を立てそうな感想が頭に浮かんだ。 「槙野の目の前で琉夏をかまうことの何がいけないんだい?」 「何度も言わせるな。あんたが惚れてんのは槙野さんだろうが。当てつけて気を引こうとしてるのか、単なる悪ふざけか知らねぇが、俺を巻き込むな」 こう言って琉夏が怒ってくれるのは、むしろ脈があるということだろうか。 だって、俺に興味がなければ、槙野のことを持ち出して怒る必要はない。 「玩具にするな」それだけで怒ればいいだろ? 当てつけだなんて。 「そうだね、この際だからはっきりさせておこうか」 琉夏が一つ瞬きをした。 相変わらず俺を睨んでいる。 「俺は、もう槙野に未練はないよ。神崎がいるからな。悔しいが仕方ない。槙野は神崎と一緒にいるのが一番いいと思う。これは元言い寄ってた男、かつ十年来の友人としての考えだ」 「十年来の想いをそうすっぱりと片付けられるもんか?」 簡単には信じられない、そんな目をしてる。 「槙野達が同棲を始めた時、皆で飲みにいっただろ?俺はあの時にはもう槙野のことは思い切ってた。だって、明らかに槙野が神崎を気に入ってるんだから。俺の出る幕はもうないだろ?」 「万が一だ、今後槙野さんがあんたに好意を示したとしてもか?」 当然だ。 俺は琉夏の目を見つめ返して頷いた。 「誓うよ。何にかけようか。俺の母親にかけてもいい。もしそんなことがあったら、俺は全力で槙野と神崎の仲を取り持つよ」 琉夏の瞳が大きく揺れる。 「そんな大げさな話にしなくていい」 さあ、本題だ。 琉夏は応えてくれるだろうか。 いや、応えさせる。 今更、もう俺が琉夏を諦めることは不可能だもの。 「大きなことだよ? はっきりさせるって言ったろ?……俺は琉夏が好きなんだから」 ぱちぱち。 いや、拍手じゃない。 琉夏が首を傾げて、怪訝そうな顔で二回瞬きをした。 「何考えてんだ……?」 「琉夏のことを考えているよ。今日も魅力的だなって」 怪訝度が増した。 「ああ、玩具として好きって意味か。てめぇ、いい加減にしろよ」 まったく。素直じゃないんだから。 「何言ってるんだい。恋愛対象としての『好き』に決まってるだろ。好きだよ琉夏」 琉夏は顔色も変えず俺を見つめてる。 返事はなかった。

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