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4-下り坂(1)

静かな会議室。 使うのは二人だけど、小さい部屋の空きがなかったから、三十人くらい入れそうな大きな部屋を借りた。 部屋の片隅でさらり、さらりと紙をめくる寂しい音と、無味乾燥なマウスのクリック音がBGM。 せっかく琉夏と二人きりなのに、色気もへったくれもありゃしない。 「ん? 分かんねーな、これ。西嶋さん、どういうことだ?」 琉夏が久しぶりに口を開いたかと思ったら、仕事の話だ。どういうことって、聞きたいのは俺の方だよ。ここに二人でこもってから一時間経つけれど、その間の会話といったらほぼ仕事の話。仕事でない会話は、唯一、『お手洗い行ってくるよ』とその返答、『ん』、の二つだけ。 もう今更という気はするけど、俺がせっかく想いをはっきり伝えたのに。 その返事もなければ、それについてのコメントすらない。 あれ? 俺は琉夏に告白したんじゃなかったっけ? 違ったかな? あれは夢だったんだっけ? そんな馬鹿なことを考えざるを得ないほど、琉夏は黙ってる。 怒ってはいないみたいだから、玩具扱いしてないってことは分かってくれたのかな。 それはそれで、いいんだけど。 でももう一歩、俺の方に踏み込んで来てほしいんだけど。 それが無言なんだもの。 「ねぇ琉夏?」 「んー」 資料から顔も上げない琉夏。 ああ、琉夏に夢中で言い忘れてた。ごめん。今は琉夏と二人で、新規プロジェクトの基礎知識を詰め込んでるところ。 顧客のところに行くのに、初回から手ぶら、ってわけにいかないだろ? 業務が分かる資料をくれと請求して、マニュアルをもらった。それを読みこんでるわけ。 二人きりで、密室で。……ちょっと解放感溢れる密室だけど。 今までの俺なら喜んでただろうシチュエーションなのに、今はただただもどかしいばかり。 なんだろう。何が駄目なんだろう。 告白が早すぎた? ……いや、これ以上待てないよ。俺には無理だ。 ちゃんと二人きりの時を待ったことを褒めて欲しいくらい。 ちょっとでも背中押されたら、周囲の目関係なしに暴発してもおかしくなかったもの。 それくらい俺は琉夏を欲してた。 それを沈黙で流されて、俺はなんだかそろそろ悟りをひらけそうなくらい、無、になってる。

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