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4-下り坂(2)

こうなったら、多少強引な手を使わざるを得ないのかな。 分析作業が終わりになって、広げた資料を片付けながら、俺は急いで作戦を練った。 別に急ぐことはないんだけど。ただ、俺が一刻も早くゴールインしたいからさ。 ゆっくりじっくり、なんてやってられない。 せっかちかな? だってしょうがないだろ。琉夏がこんなにセクシーで魅力的なんだもの。 ゆっくりしてたら他の誰かに盗られちゃうよ。 うん、やっぱり多少でも俺が得意な分野で攻めた方がいいよね。 琉夏の性格からして、一度でも失敗したら警戒心を強められちゃう気がするもの。 よし、そうしよう。 「ねえ、琉夏」 呼びかけたら、先を歩いてた琉夏が立ち止まってこっちを向いた。 うーん。 こういう、わざわざ立ち止まってくれるとこなんかを見ると、満更でもないんじゃないかなって思うんだけどな。 「なんだよ」 「琉夏。頼みがあるんだけどさ。君、今週末の予定は?」 「はあ? ……西嶋さんがこれから何を言うかで決める。場合によっちゃ一日外出する」 琉夏はあけすけに言う。俺が言うのもなんだけど、食えない奴。……いや、俺は琉夏を食べちゃいたいんだけど。っていうかいただくし。近い将来、絶対美味しくいただくし。 「良かったらでいいんだけど……俺の手料理、食べに来てくれないか? ほんとに、良かったら、でいいんだけど」 不器用なつぎはぎだらけの笑顔を取り繕って、懸命にすがる。 あぁ、笑顔ってこんな感じで良かったっけ? 急に忘れちゃったよ。 変じゃない? これ絶対ぎこちないよな? 琉夏からはどう見えてるんだろう、俺。 琉夏は何の反応もしてくれないから、俺がどう見えてるか分からない。 黙って俺の目を見てる。 「……。なんで?」 ちょっとした沈黙と問い。 沈黙の意味を知りたい。その沈黙は何を隠してるの? うんざり顔? それとも、喜びのガッツポーズ? ま、どちらでもいいか。いずれ分かるし。 「来月さ、俺の両親が久しぶりに帰ってくるんだ。一年ぶりくらい。せっかくだから、ちゃんと自炊できてるってところを見せたいじゃないか。だから、食事の一つも作ろうかと思って」 「へえ、普段自炊してんのか?」 「毎日じゃないけどね。休みの日は何か作ってる。だから嘘じゃないよ」 「ふうん。……味見役なら、別に俺じゃなくてもいいんじゃないか?」 む。そう来るか。しかししかし。俺に抜かりはない。 「でもさ、やっぱり自信が欲しいじゃないか。琉夏はご飯を美味しそうに食べるから……前に一緒にお昼を食べに行った時に言っただろ? だから、俺のも食べてもらえたら、自信、つくかなって……」 そう、思って。嫌だったら断ってくれていいんだけど。 でも、もし、嫌じゃなかったら。 食べて、もらいたい、な。……なんて。 ……ふう。こんな感じでいい?殊勝な態度ってやつ。 もちろん演技だよ。半分ね。半分は本音。 でも、琉夏の表情が変わらない。 「それが、頼み事なのか?」 「あ、あぁ……」 俺が緊張でこわばった(てい)でこくんと頷くと……琉夏は破顔した。 「なんだよ、もっと面倒なこと頼まれるのかと思ったじゃねぇか。何緊張してんだ」 「は、はは、やっぱり緊張してるのバレてた?」 「別人みたいになってんぞ」 そう言って、笑った琉夏は俺の肩を軽く叩いた。 やった。なんとか食べてもらえそうだ。 ……演技で琉夏を落とすつもりだったのに、いつの間にか必死になって琉夏の顔色を窺ってたのは……気のせいだ。 そう。気のせい。まさかこの俺が、本気で琉夏に心まで奪われてるなんて、気のせいとしか言いようがないだろ。

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