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4-下り坂(3)
その日、家に帰るとまず百合人を探した。
「百合人? ゆーりーと」
「はい」
百合人は二階の部屋で、干して取り込んだ洗濯物を畳んでいた。
いつもと同じ、穏やかな視線を俺に向けて、おかえりなさいと微笑む。
「ただいま。あのさ、急なんだけど、今週末の土曜日、友達を家に呼んでもいい? お昼ごはんを一緒に食べるだけなんだけど」
「かまわないですよ。その時間帯は、私通院中だと思いますし」
「あ、そっか」
百合人は隔週の土曜日に、心療内科に通っている。
「あの写真の方ですか?」
「へ、ぇ、あ、その……うん」
「ふふ。よかったですね。うまくいっているようでなによりです」
そうか。百合人は知ってるんだ。百合人の柔らかな笑顔に、思わず照れ笑いをした。
百合人が続ける。
「家で食事を……ということは、もしかして明人さんが作るんですか?」
さすが鋭い。隠していたわけではないが、たまらず喋ってしまった。
「そうなんだ。色々理由つけてさ、説得した」
百合人はそれを聞いて少し笑った。
「説得したんですか。相変わらず、明人さんの方がべた惚れなんですね」
そこまでばれた。
「そうなんだよ! ようやくちょっとは好意をもってくれてるようではあるんだけど、まだ、俺がかなり押さないと、遊んでもくれなくてさぁ」
顔を赤くしながら百合人と話す。
照れくさいけど誰かに話したかった。今俺の頭を乗っ取ってくれてる男について、誰かに全部話したかった。
「あ、今日の夕飯ってもう作っちゃった?」
「いえ、これから買い物です」
いい機会だ。練習しよう。
「夕飯で練習してもいい? 百合人の感想聞きたいな」
「いいですよ。では今日の夕飯はお願いしますね」
よし! 気張るぞ俺!
◇ ◇ ◇
ご飯も炊けて、食卓に料理を並べ始める。
ちょうどよく百合人も二階から降りて来て、ダイニングに顔を出した。
「ふふ。いい匂いでお腹空いちゃいました。楽しみです」
献立は、豚肉の生姜焼きに千切りキャベツを添えて、玉ねぎのお味噌汁とポテトサラダ、白米、以上。
「ああ、美味しそうです。全部明人さんの得意料理で攻めるんですね?」
「当たり前だろ。俺はこの一回にかけてるんだ。この一回で琉夏の胃袋を確実に掴んでやる」
豚肉は硬くなりすぎず、でもしっかり味が絡む程よい柔らかさで、生姜は香りで食欲をそそる程度に控える。
キャベツの千切りは買ってきたものだけれど、袋から出して一度水通しをしたので、シャキッと瑞々しい。玉ねぎは甘くなるまで火が通っていて、味噌の塩気との相性抜群。
ポテサラは完璧。マッシュ部分と潰さず残した部分の比率が完璧。これは長年の研究成果だ。白米は俺の好みで七分づきを硬めに炊いた。
「いただきます」
二人食卓について、手を合わせる。
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