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4-下り坂(4)

「いただきます」 手を合わせて箸をとる。 律儀にいただきますを言うところが、いかにも琉夏らしい。 いや、琉夏らしいってなんだよ。言ってる俺が意味わかんないぞ。 うん。今本番。 練習に没頭してたらあっという間に当日になっちゃったんだよ。 琉夏が、うちの食卓についてポテサラ食べてる非現実感。これはどういう夢なのかな。 琉夏がいるんだからいい夢? ああでも、俺の料理にどう評価を下すかで変わるな。 うるさいくらい心臓がバクバク言ってる。 そして二人して、黙ってる。 ……。 鼓膜を揺らすのはかちゃかちゃと食器がたてる僅かな音だけで、二人もいるのに部屋の中は静まり返っている。 ああ、箸休めのキュウリのからし漬けを齧る音も聞こえたけど。 琉夏は何の反応もしない……いや、もちろんいつものように美味しそうに食べてくれてはいる。 あ、豚のしょうが焼きとご飯を頬張った時、ちょっと目元が緩んだ。 笑ってる。 なんだろ、しょうが焼きはちゃんとできたはずだぞ。 しょうがの量も適切だったし、豚肉を焦がすこともなかった。 強いて言うなら味見できなかったのが不安だけど……練習で作った時は美味しくできてると思った。 問題ないはず……。 ……いや、問題ありだよ俺。 なんでそんな必死に琉夏の一挙一動を見守ってんだよ。 この俺が、二回も練習したんだぞ。 心配しなくても、美味しいに決まってるだろ? だいたい、二回は練習しすぎだ。いくらなんでも二回って。もともと料理は得意なんだから。しかも、得意中の得意であるメニューをわざわざ選んでるんだ。 おかしい。何かがおかしい。 「なあおい、西嶋さんよ」 「はい!?」 俺の声が裏返って、琉夏が笑った。 もう体裁を整えるほどの気持ちの余裕なんて残ってない。 琉夏が笑ってくれるのが唯一の救いだ。 琉夏はとんとん、と指先でテーブルを打って向かいの席を示す。 「あんたみたいな美人さんにじっと見られてると落ちつかねぇよ。一緒に食えよ。あとマヨネーズくれ」 「あ、う、うん」 かくかくと頷いて、冷蔵庫からマヨネーズを出して渡した。 残っていたおかずと白米を器に盛って、琉夏の向かいに座る。 琉夏が口の端についたご飯粒を親指で取って食べた。 「ん?」 琉夏が視線だけを上げて俺を見た。 たったそれだけの仕草に魅了されて、ぽーっと見惚れてしまう。 俺はもうだめだ。 もともと俺は一途というか、思い込んだら一直線なところがあるのは自覚しているけれど、琉夏に関しては惚れすぎだ。 これはもう槙野の時以上じゃないか。 槙野は十年という時間をかけて育った想いだったが、琉夏はどれくらいだ? 少なくとも琉夏に興味を持ち始めてから一ヶ月、いや二ヶ月か? それくらいしか経ってない。 琉夏と知り合ってからは半年も経ってないんじゃないか。 その短期間でこの惚れ込みようだ。 我ながら、のめり込み過ぎじゃないか。 ……落ち着け俺。冷静になれ。 ……そんなに琉夏が魅力的か? 何言ってるんだ、当たり前だろ? 琉夏のあのがっしりした腕で抱きしめられたい。 着替えさせて初めて気づいた、意外と厚い胸板に甘えたい。 いっそ、さっき口許についてた米粒になって、食べられてしまいたい。 ……おい、おいおい俺。本気か? 認めろよ。もう引き返せないところまで、惚れてんだ。

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