44 / 49
4-下り坂(4)
「いただきます」
手を合わせて箸をとる。
律儀にいただきますを言うところが、いかにも琉夏らしい。
いや、琉夏らしいってなんだよ。言ってる俺が意味わかんないぞ。
うん。今本番。
練習に没頭してたらあっという間に当日になっちゃったんだよ。
琉夏が、うちの食卓についてポテサラ食べてる非現実感。これはどういう夢なのかな。
琉夏がいるんだからいい夢? ああでも、俺の料理にどう評価を下すかで変わるな。
うるさいくらい心臓がバクバク言ってる。
そして二人して、黙ってる。
……。
鼓膜を揺らすのはかちゃかちゃと食器がたてる僅かな音だけで、二人もいるのに部屋の中は静まり返っている。
ああ、箸休めのキュウリのからし漬けを齧る音も聞こえたけど。
琉夏は何の反応もしない……いや、もちろんいつものように美味しそうに食べてくれてはいる。
あ、豚のしょうが焼きとご飯を頬張った時、ちょっと目元が緩んだ。
笑ってる。
なんだろ、しょうが焼きはちゃんとできたはずだぞ。
しょうがの量も適切だったし、豚肉を焦がすこともなかった。
強いて言うなら味見できなかったのが不安だけど……練習で作った時は美味しくできてると思った。
問題ないはず……。
……いや、問題ありだよ俺。
なんでそんな必死に琉夏の一挙一動を見守ってんだよ。
この俺が、二回も練習したんだぞ。
心配しなくても、美味しいに決まってるだろ?
だいたい、二回は練習しすぎだ。いくらなんでも二回って。もともと料理は得意なんだから。しかも、得意中の得意であるメニューをわざわざ選んでるんだ。
おかしい。何かがおかしい。
「なあおい、西嶋さんよ」
「はい!?」
俺の声が裏返って、琉夏が笑った。
もう体裁を整えるほどの気持ちの余裕なんて残ってない。
琉夏が笑ってくれるのが唯一の救いだ。
琉夏はとんとん、と指先でテーブルを打って向かいの席を示す。
「あんたみたいな美人さんにじっと見られてると落ちつかねぇよ。一緒に食えよ。あとマヨネーズくれ」
「あ、う、うん」
かくかくと頷いて、冷蔵庫からマヨネーズを出して渡した。
残っていたおかずと白米を器に盛って、琉夏の向かいに座る。
琉夏が口の端についたご飯粒を親指で取って食べた。
「ん?」
琉夏が視線だけを上げて俺を見た。
たったそれだけの仕草に魅了されて、ぽーっと見惚れてしまう。
俺はもうだめだ。
もともと俺は一途というか、思い込んだら一直線なところがあるのは自覚しているけれど、琉夏に関しては惚れすぎだ。
これはもう槙野の時以上じゃないか。
槙野は十年という時間をかけて育った想いだったが、琉夏はどれくらいだ?
少なくとも琉夏に興味を持ち始めてから一ヶ月、いや二ヶ月か?
それくらいしか経ってない。
琉夏と知り合ってからは半年も経ってないんじゃないか。
その短期間でこの惚れ込みようだ。
我ながら、のめり込み過ぎじゃないか。
……落ち着け俺。冷静になれ。
……そんなに琉夏が魅力的か?
何言ってるんだ、当たり前だろ?
琉夏のあのがっしりした腕で抱きしめられたい。
着替えさせて初めて気づいた、意外と厚い胸板に甘えたい。
いっそ、さっき口許についてた米粒になって、食べられてしまいたい。
……おい、おいおい俺。本気か?
認めろよ。もう引き返せないところまで、惚れてんだ。
ともだちにシェアしよう!