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5-我が家(1)
「琉夏! 時間だよ、早く! 何やってんだよ」
出かける時間ぎりぎりになったっていうのに、琉夏がぐずぐずと自席で何かやってる。
「まだ余裕あんだろ! ちょっと待っとけよ!」
「余裕なんてあるわけないだろ! 俺と違って電車は待ってくれないんだよ」
延々待たせるから、もう俺は琉夏をおいていこうかと思ってエレベーターのボタンを押していたら、琉夏が悠々と歩いてきた。
「俺をおいてくなよ」
「何やってたんだか」
琉夏が少しむくれた。
「唐突に神崎のやつが質問に来たから、一緒に考えてやってたんだよ」
「へーえ。何だか二人して楽しそうにネット検索してたみたいだけど」
「俺達の答えは出たんだが、一般論ではどうなんですかねとか言って、神崎が煽るから。しかたないだろ」
「どこがだい。自分の答えに自信持ちなよ。ほら、行くよ」
今日は例のプロジェクトの初回打ち合わせだ。
お客さんのところに出かけるんだけど……会社を出る前からもうこれだ。
今回俺は本気でサブに徹するつもりだったけど、もしかして、強引にでも主導権を奪っちゃった方が楽なんじゃないか。そんな考えが頭をよぎる。
琉夏はいまだに答えをくれないし。……何の答えって……いやだ。俺は言わない。
なんとしてでも、琉夏から言い出させる。
会社から駅まではごく近い。歩いて数分だ。
今日はなんとなく空が重く、風が湿っぽい。天気予報では何て言ってたっけ?
予報は忘れちゃったけど、少なくとも俺たちは今傘なんて持ってない。夕立が来ようと雷が鳴ろうと、強行突破しか道はない。
うん。傘を持ってこなかったのは失敗だな。
あまりに酷かったらタクシーかな……とぼんやり考えながら歩いていたら、「おい」と前を歩いていた琉夏が振り向いた。
「そのバッグ、PC入ってんのか?」
「へ。あ、うん。そう。一台だけ持ってきた。デモ見せるのに、要るだろ?」
「貸せ。持つから」
は。そんなこと、生まれて初めて言われた。
「ありがとう、でも持てるから平気だよ」
「いいから。渡せ」
琉夏はやや強引にバッグを奪っていった。
途端に、バランスが悪くて負荷がかかっていた、肩と腕が楽になる。
「けっこう重いじゃねえか。秋だったらこんなの絶対持たねえぞ。無理すんな」
「あ、ありがと」
「別に。いいよ」
琉夏はそれだけ言って俺の先をすたすた歩いていく。並んで歩いてはくれないのか……。
でも、重いバッグを俺の代わりに持ってくれた。
な、なんだか、琉夏がかっこいい……。まだ俺の告白に返事しないくせに。
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