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第13話

 男は不機嫌だった。  ずっと不機嫌だった。  ほんの一瞬の間もなく不機嫌だった。  「なんで俺が知りもせん奴を助けてやらなあかんねん」  関西弁でボヤキ続けた。   「大体俺は拝み屋でも祓い屋でもないんや、あんな連中と一緒にすんな。俺は研究者なんや」    ブツブツ言いながら、寺の息子を睨みつけていた。  息子さんは甲斐甲斐しく、僕やアイツの身体をタオルでふいてくれたり、僕らがよごしまくった本堂の畳を拭いていた。  男は手伝うつもりはないらしい。  男は若くて、多分僕らとかわらない年頃のようだった。  大学生くらい?  黒いズボン、黒いシャツ、黒い上着。  とりあえず黒を着ていたら目立たないと思った結果、目立ってしまう無頓着なタイプの臭いがした。    勉強はともかく、コミュニケーションがからきしダメな、誰からも苦手にされるタイプだ。  意識を取り戻し、ぼんやり見つめながらそんなことを思ったら、何故か男に睨まれた。  厚い前髪の向こうから、強い視線を感じる。  思わず視線を、そらす。  なんか、やだ。    この人。  「助かった。オレじゃ無理だ。こんなもん」     息子さんは、それでも嬉しそうだ。  「お前みたいなド素人が手ぇ出してええ案件ちゃうわ。あんまナメとったら死ぬぞ。オレの知ったことやないけどな」   男はどこまでも辛辣だ。  「助けてくれ」  息子さんが頼む。  「嫌や。今ので借りは返した。おわりや。また次の夜アレが来て、このお兄ちゃんはヤラれまくって、死ねたんやったら幸運やろな」  男は断言した。  死ねたら幸運って?  僕は目を見張る。  「アレが欲しいんは嫁や。アレは嫁取りにきとるんや。アレはキチンと手続きを踏んで求愛してきてるんや。手続き踏みおわったら、あんたは嫁として向こうで暮らす。もう人間やなくなっとるやろうが、寿命も永くなるし、セックス三昧やし、まあ、考えようによっては悪いことやないかもな」  男の唇が冷たい皮肉な笑みを浮かべながら、僕にむかって何かとんでもないことを言ってるのはわかる。  嫁取り?  手続き?  求愛?  嫁?  どういうこと????    僕には全然わからない。  「そう言わないで助けてくれよ」  息子さんは苦笑いしながら言う。  「絶対嫌や。俺関係ないし。もう、借りは返したで。研究のための出張中やのに、お前の頼みでここまで来てやったんや。真夜中にタクシーとばしてな。別に真新しいことでもないこんな案件に俺が関わって俺に何の得があるねん」  男はにべもない。  それどころか、立ち上がり投げ出していた鞄を拾って帰ろうとする、が。  携帯をとりだし、時間をみたらしくため息をついた。  まだ夜明けまで遠い。  「こんな時間にタクシーも捕まらんわ。朝まてはおるけど帰るからな」  と不貞腐れて本堂の畳に寝転がった。    息子さんの苦笑いがさらに苦さを増す。  この息子さん、良い人。  この男とは違って。  僕はぼんやり思う。  僕はなんだか全てが遠いし、隣で僕を抱きしめるように寝ている友達も意識がもどりそうもない。  どこか他人事。  でも友達の身体に僕もしがみついた。  安心できる。  「オレ、来月のボクシングの世界タイトルマッチ、リングサイドの券持ってるんだけど」  唐突に息子さんが言った。  男も意味がわからない、という空気を全面的に押し出してくる。  この見るからにスポーツとは縁もゆかりもなさそうな、この男にボンクシングの話題は奇妙すぎる。  「お前はいらなくても、アイツはすごく喜ぶと思うぞ。  選手の大ファンだろ。そう言ってたよ、前に会った時。檀家さんのコネで手に入れたんだ。普通は手に入れられないよ。見に行きたいと思うよアイツ」  息子さんはにこやかに笑った。  この人。  本当にいい人。  僕を助けようとしてくれるだけでもありがたいのに。  「・・・アイツ、喜ぶんか?」  小さな声で男が言った。    なんか急に傲慢でえらそうな男が、小さな子供みたいになった。  「喜ぶ。めちゃくちゃ喜ぶ!!お前の分も入れて二枚やる!!二人でデートしたらいい。いや、関西からなら旅行だな。ちゃんと旅行とかしたことないだろ、お前ら。恋人同士で旅行、いいぞ!!」  息子さんは勝ちを確信した声だった。  恋人。   こんな嫌な感じの人にも恋人がいるのか。  僕にもいないのに。  僕は友達の胸に顔をうずめながら思う。  「・・・恋人。旅行・・・・・・」  男の声は急に弱々しく細く、なんだか可愛い。  こんな男でも、いや、こんな男だからこそ、恋人を愛しているんだろう。  ボンクシング好きな女の子。  どういう彼女やろ。  こんな男と付き合うって。    「・・・・・・失敗しても、チケットはもらうからな!!」  失敗して欲しくはないけれど、どうやら「専門家」が僕を助けることを承諾してくれたみたいだ。  僕は、また目をとじた。  どうなるんだ。  僕は。  友達が眠ったまま僕を抱きしめるので、僕も友達を抱きしめた。   そして、夢に落ちていく            

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