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よくある犬猿の仲【2】
■□■□
「ーーーーで、その物資用トンネル? を使や隣村に着くんだな?」
「多分な。北に向かう街道は山崩れで封鎖してるから、急ぐならこっちがいいだろうってさ」
「確かにこの辺りで野宿は落ち着かないよね……っと」
横倒しに倒れた枯れ木を越え、イストがふうと息をつく。
砂漠地帯を抜け、山沿いの街道に入ってそろそろ1時間といったところか。
ソルは先ほどの町で描いてもらった地図を眺めた。
季節によってはハイキングを楽しめるほど歩きやすい山らしいが、あたりには無数の落石や木の根が転がっている。
「そうだ、まだお礼を言ってなかったよね。財布を取り返してくれてありがとう」
「ん」
「……ふん」
ウィザが目元に垂れてきたフードを直した。
布一枚とはいえ、突き刺すような日射しはかなり軽減される。
「(もーワンサイズ小さけりゃ文句ねえんだけど)」
ソルは肩を震わせてだぶつきを調整した。
「あ」
と、落石で斜めになった立て札が目に入る。
「『この先物資トンネル、至ル北西ピオーニ村』……これだな」
携帯用のランプを灯し、一列になってトンネルへ入る。
曰く、街道が整備されるより昔に、行商人の行き来のために掘られたものらしい。最低限の手入れはされているようだが、人通りのない通路特有の湿っぽさがある。
「狭ぇな……この幅じゃすれ違うのもやっとじゃねえか」
ウィザがクモの巣を払って呻く。
「狭いところ苦手かい?」
「……まあな」
「大聖堂も裏は狭くてさ。小さい頃はよく妹とかくれんぼしてたよ」
「へえ」
ソルは背後の会話を聞きながら長剣に触れた。どう抜こうとしても壁に肘がぶつかる。
幸いにもそう長い通路ではないらしく、前方には丸い光が見えた。おそらくあと数メートルで外だろう。
と、目の前の光がふ、と陰る。
――――ふわわわわわんっ!!
鼓膜がかゆくなるような羽音の群れが正面からソルたちにぶつかった。
「なんだなんだなんだぁぁぁっ!?」
イストの悲鳴が反響し、跳ねたランプの灯りに霧のような影が映し出される。
ばちばちばちっ、と、無数の何かがフード越しに体にぶつかる。
「ッ、この……!!」
「え」
背後で呪文の気配が膨れ上がる。
ソルは即座に地面を蹴り、羽音の群れを突っ切ってトンネルの外へ飛び出した。
そのすぐあとを追うようにウィザの呪文が炸裂する!
「火炎よ!!」
「ぎゃぁぁああ!」
通路の中から炎が吹き出し、イストが悲鳴と共に転がり出た。
それでもとっさに結界呪文を唱えていたらしい。どさ、と尻餅をついた瞬間、イストの体を包んでいた障壁が消える。
「あっつつ……! 今の、なんだい!?」
「ウワサの毒バチみてーだな」
ソルは足元に散らばる死骸の群れを見た。
一体の大きさは1センチ半ほどか。小指の爪程の針を持つ魔物が2、30匹、黒焦げになって息絶えている。1匹や2匹ならともかく、手間取れば確実に刺されていただろう。
その見本のように、数歩先で大柄な男が気絶している。
ソルは今飛び出したトンネルを振り返った。
出口すぐの天井付近に、スイカほどのハチの巣がぶら下がっている。もしこちら側から来ていれば入る前にきびすを返しただろう。
今の炎が当たったのか、燃えたまま巣に戻った毒バチがいたのか、巣はパチパチと音を立てて火だるまになっている。
遅れてトンネルから出ようとしたウィザの前に、自重を支えきれなくなったそれが落下した。
「うおっ!?」
ウィザが数歩後ろへ飛び退いた。
十数匹のハチが巣から飛び出し、空中で真っ二つになって落ちる。
ソルは長剣を鞘へ戻した。
「うぇぇ……こんなもん放っておくなよ」
「マジで最低の手入れだな」
「こっちも気にかけてよ!」
イストが倒れている男を抱き起こした。
丸太ほどある二の腕の脈を計り、苦心の末、あお向けにひっくり返す。
「祝福を」
かざした手のひらから柔らかな光が広がり、男の顔色に少し血の気が戻った。
「毒は消したけど刺されてる箇所が多いね。よいっ……しょ」
イストが男の肩を担ぎ、ふらつきながら立ち上がる。
ソルは下草の生い茂る山道に足を向けた。見た目は獣道だが、よく見ると整備されていた道の跡がある。
「……ちょ、ちょっと待ってソル、置いてかないで……」
「ん?」
「…………手を貸してほしいな」
ソルは道を戻り、イストの逆側に回って男の背を掴んだ。
幸い目指す村は遠くない。
それでも気絶した人間を抱えての移動はゆっくりとしたものになり、村に着いた時には日が沈みかけていた。
畑沿いに家が並んでいるが、明かりのついている家はその半分ほどだ。観光地とは程遠い農村である。
と、農具を担いだ中年の男がソルたちに駆け寄ってきた。
「グレッグ!? グレッグじゃないのか!!」
「わわっ」
担いだ男の腕を掴まれ、イストがバランスを崩しかける。
「たまに来る行商人だよ。魔物にやられたのかい!?」
「……おそらくは」
男が両手で頭を抱える。
「ああ……! なんてこった、神父さまに続いてこの人まで……!」
「落ち着け、まだ死んでねえよ」
ウィザがため息をついた。
「毒は治療しました。どこか休めるところはありませんか?」
「ううん……!? 参ったな、この村に宿はないし……俺のベッドじゃこの人には小さすぎる……」
「あそこは?」
ソルは村のすみに見える教会を指した。
男がもごもごと口ごもる。
「あそこは……その、駄目ってことはないが、しばらく前に神父さまが亡くなって、みんな気味悪がっちまって……」
「つまり無人なんだな?」
「すみません、一晩お借りします」
ソルたちは足早に教会に向かった。
町の食堂より少し大きいか、という程度の礼拝堂である。
入口の扉は押すだけであっさりと開いた。
「不用心だな」
「そういう慣例だからね」
イストが苦笑する。
中はいわゆる『教会』のレイアウトに漏れず、正面に祭壇、十数個の長椅子が2列に並んでいる。
「くそ、こっちは施錠してるか」
ウィザが奥へ続くドアをひねって苦い顔をした。
「イスト、とりあえず下ろせ。いい加減もたねえだろ」
「そうだね。ソル、机の裏を見てみて」
「裏?」
ソルは祭壇の前にある机をのぞきこんだ。内側に打たれた釘にカギが引っかけてある。
「おおっ」
「そういう慣例だからねえ」
イストが遠い目で聖印を切った。
ドアを開けた左手には物置ほどの小部屋があった。家具はテーブルと椅子のみで、壁の一面がカーテンで仕切られている。恐らく懺悔室の神父側だろう。
廊下を挟んで右側に家具一式の揃った部屋がある。どうやらここが神父用の私室らしい。
一つしかないベッドに大柄な男を寝かせ、イストが深く息を吐いた。
「んじゃ、寝る仕度しようぜ」
「えっ?」
ソルとウィザは礼拝堂へ戻り、長椅子を端に寄せた。
そう時間はかからず、三人が足を伸ばして座れる程度のスペースができる。
「全部どけるか?」
「扉側の列は壁代わりでいいんじゃねえ?」
イストが感嘆と脱力の混じったため息をついた。
「あとで戻すんだよ」
「わかってるわかってる」
手の届く位置に荷物を置き、簡単な夕食を済ませる。
野宿というわけではないが、一人は起きていた方がいたほうがいいだろう。
くじ引きで見張りの順番を決めて数時間、あるいは数十分が経ったころ。
「ーーーー……」
ソルは何かが動く気配を感じて片目を開けた。
携帯ランプの淡い灯りが目に眩しい。
はす向かいに座るイストが床に落ちた便せんに手を伸ばしたところだった。
「ごめん、起こしたかい?」
「……や」
ソルは長剣を掴んだ指を緩めた。
イストが苦笑する。
「そんな格好で眠れる?」
「外ならこんなもんだよ」
ソルは椅子の足にもたれたまま肩をすくめた。あぐらに近い姿勢で片膝を立て、長剣を抱えるように肩に立て掛ける。
時刻は日付の変わる少し前といったところか。
傍らではウィザがショールを目元までかけて横になっている。
揺れる灯りが三人を照らし、壁にいびつな影を映していた。
「……彼、起きてこないね」
「基本朝まで寝てるからな」
「行商人の彼だよ」
イストが苦笑した。
「できるだけの手当てはしたから、早めにお医者にかかれればいいんだけと」
イストが手元の便せんを折り畳んだ。1通は教会の紋章つきの封筒に、もう1通は淡い花柄の封筒に入れて封をする。
膝の上に残った便せんには奇妙な計算式が描かれていた。
「何語だ……?」
「……ああ、術式を組み直してたんだ。結界呪文の強度は落とせないから、範囲を変えて長持ちさせようと思って」
イストが手元の紙をソルに向けた。
数式に似た計算式に、現代語ではない文字が代入されている。
「悪り、全然わかんねー」
イストがペンの尻で式をなぞる。
「結界呪文はね、強度と範囲次第で必要な魔力の量が変わるんだ。カバーする面積を小さくすれば、強度を変えずに長い時間維持していられるようになる」
「どれくらい?」
「削った面積の展開にかかる時間と同程度かな」
「ふー……んぇ?」
「術者のコンディションにもよるけどね。展開中に消費される魔力を節約すれば維持時間は増えるけど、途中で衝撃を受けると構成が切れるデメリットが」
「ちょ、悪り、マジでわかんねー」
と、扉をノックする音がした。
「誰だろう?」
「見てくる」
ソルは立ち上がった。
他にも家はあるはずだが、窓の外は墨を塗りつけたように暗い。
片手で長剣を握り、細く扉を開ける。
「よかった、無事だね」
夕方、村に入ってすぐ話した男が立っていた。もう農具は持っていない代わりに、タオルにくるんだポットを抱えている。
「うちのかみさんからだよ」
「どーも」
「ソル? 誰だった?」
ソルは半歩体を引いた。男がイストを見て会釈する。
「さっきは慌てちまって悪かったね」
「いいけど。フツー代わりの神父が来るもんじゃねえ?」
室内の灯りが揺れて男の胴を照らした。イストがランプを持ち上げたのだろう。
「いや……その」
「?」
「実は、前の神父さまは魔物に殺されちまって……だからかな、聖都からも連絡が来ないんだ」
「そー言やふもとでそんな話聞いたな」
聖都に連絡がつかないのは別の理由だろうが、ここで説明しても長くなるだろう。
男が妙に熱をこめて頷く。
「あんたらには見慣れた事件かもしれないが、どうにも気味が悪くてなぁ……! だってよ、教会って言や神様のお膝元だろ?」
――――ぬらりっ、と。
男の背後で巨大なものが光った。
見上げたソルの視線を誘導するように、長身の影が片手に握ったものを振り上げる。
「なのに神父さまが襲われたのは、この教会の中なんだよ」
振り下ろされた刃が男の背を裂いた。
引き潰されたような悲鳴が洩れ、血しぶきが床に飛ぶ。
「ソル!?」
「来るな!」
ソルは長剣をかち上げ、影に鋼鉄の鞘先を叩き込んだ。
深く考えているヒマはなかった。退がれば踏み込むスキを与える。
影が僅かに後ろへよろめいた刹那、ソルの背後で二人分の声が重なる!
「はじけろ!」
「英知を!」
爆発が正面玄関ごと影を飲み込み、イストの手のひらに光の球が生まれる。
天井付近に飛び上がった光球は輝きを増し、昼間のように辺りを照らした。
土煙の向こうで人型の魔物が起き上がる。
身長はソルの2倍はあるだろうか。紫色の体躯は全体的にひょろ長く、所々にこぶのような筋肉がついている。
顔の位置には刃物で線を引いたようないびつな目鼻がついており、珠の足りない数珠か、ひどく雑に作られた人形のようだった。
「ぅ……」
ソルはか細い呻き声を聞いてそちらを見た。
背中を斬られた男が這いずるように教会の奥へ逃げ込もうとしている。
「(生きてる?)」
「ーーーーソル、よそ見してんな!」
ウィザの一喝が響いた。
怒号のような雄叫びを上げて、魔物が再び突進してくる。
ソルは突き込まれた剣先を絡め取るように逸らし、相手の刃を受け流すように長剣の鞘を払った。
しかし、魔物もそれを予想していたのか、下半身のバネを使って刃を翻す。
―――――ぎっ! ぎぃん! ぎぎぎぎっ!!
刃物同士がぶつかる耳障りな音が響く。
よく見れば魔物の持っている武器はひどいものだった。柄の形から辛うじて剣だとは分かるものの、刀身は色がわからないほど錆びており、とどめに中央から折れている。
まともに食らえば骨の数本は折れるかもしれないが、切れ味は無いに等しいだろう。
交差した刃を押し付けるように、魔物が一気に間合いを詰める。
ソルはあえてその勢いに逆らわず、床を蹴って後方へと跳んだ。
再び床をとらえた、はずのかかとが何かにつまづく。
「っ!?」
うずくまる男の背に足を取られ、ソルの体がのけ反るように傾く。床から両足が離れた状態では、しのぐにも斬りつけるにも踏み込みが効かない。
そのスキを見過ごすわけもなく、魔物が剣を振り下ろす!
「加護を!」
空中に現れた障壁が上段からの一撃を受け止めた。
床に背を打ったソルが跳ね起きるよりも早く、魔物が鋭くイストを睨む。
「貫け!」
圧縮した衝撃波が魔物のすねを打ち抜いた。
魔物が大きく前方へつんのめり、地響きを立てて片膝をつく。
――――っるぐぉおおおおおお!!
空気を震わせるような咆哮を上げ、魔物が体ごと両腕を振り回した。
とっさに構えた長剣の表面を削り取るように剣が行き過ぎ、這いつくばる男のすぐ上を空振りしてイストへ向かう。
しかし、明らかに目測を誤ったそれは、イストが身をかわしたこともあり、上着の肩口を少し掠めて長椅子を叩き割った。
「――――っ、かはッ!?」
直後、イストの胴体に袈裟がけの傷が走り、噴き出した鮮血が床を染める。
「な!?」
ウィザが横合いからイストの襟を掴み、引き倒すようにかっさらった。返す刃がローブを掠めるが、血が吹き出すようなことはない。
ウィザが床のショールを掴んで傷を押さえる。
「イスト! おい、イスト!!」
返事はない。辛うじて意識はあるようだが、上向いた喉からはか細い呼吸が洩れるだけだ。
床を踏み鳴らして距離を詰める魔物に、ウィザが舌打ちとともに手のひらをかざす。
「吹き飛べ!」
魔物が両腕を交差させて衝撃波をこらえる。
ソルは砕けた長椅子を踏み台に魔物の背に跳び、無防備な肩口に長剣を突き立てた。
――――しゅぽっ、と、スポンジでも切ったような手応えを残し、魔物の腕があっさりと胴から離れる。
「あ……!?」
切り離された腕は煙のように消え、握っていた剣だけが空中に残る。
それを逆の腕で掴み取り、魔物が振り向きざまに背後を一閃する!
「――――っ!」
腕を痺れさせるような衝撃が長剣を通り抜けた。
受け止めるには威力が強すぎる。しかしヘタに刃を交えれば、折れるのはこちらの武器だろう。
「え……!?」
ソルは魔物の手元を見てぎょっとした。
折れた刀身の輪郭を縁取るように、一回り大きな光の刃が伸びている。
飛びのいたソルの鼻先を剣が行き過ぎるが、光の刃は前髪どころか、砂ぼこりを揺らすこともない。
「(生き物……? や、魔力を斬る剣か?)」
錆びた切っ先が数秒の差で目の前に迫る。
ソルは思考を中断してさらに後方へ跳んだ。抜き身の長剣を鞘に納め、着地と同時に抜き打ちを放てるように構える。
しかし魔物はソルに背を向け、再びウィザの方へ走った。
「しまっ……!」
慌てて放った一閃は僅かに届かない。
止血に気を取られているウィザをめがけ、魔物が剣を振りかぶる。
「………ち、びきを…!」
――――こうっ!
立ち上った光の柱が魔物を飲み込んだ。
自身の魔力全てを使ってアンデッドやゾンビを土に還す、神官の切り札・浄化呪文である。
イストが何度か咳き込み、薄い胸を上下させた。
「イスト!」
「ッのバカ、回復呪文が先だろうが!」
「……はは…。怒鳴ら、ないでよ……怖いなぁ…」
ソルはイストとウィザに駆け寄った。
その背後で光の柱が真っ二つに割れる。
「は……?」
――――ッるぐォおおおおおお!!
ソルとウィザは左右に飛び退いた。
その中央を割るように、折れた刀身が床にめり込む。
と同時に、ウィザが抱えているイストの腕に、切っ先で引っ掻いたような裂傷が走った。
「あ……っ!」
うずくまったイストの手から教典が滑り落ちる。
おそらくは反射的にだろう、手を伸ばしかけたイストを、ウィザが悪態と共に引き戻した。
空振りした光の刃が教典を裂く。
ソルは目をみはった。
厚紙で幾重にも補強した表紙が破け、何枚かのページが外れて床を滑る。
「ウィザ。イスト連れて外出てろ」
「あ゛ぁ?」
ソルは二人を背に長剣を構えた。
「わかんねーけどヤバいんだよ」
祝福を受けた水は魔物よけの効果を持ち、聖職者は日々の修行によって主の加護を得る。
だが 『聖なるもの』が魔物に力を発揮するように、『聖なるものを斬る何か』がこの光の刃だとすれば、イストにとっては最悪の相手である。
ソルは細く息を吐いた。
浄化呪文に飲み込まれたにもかかわらず、魔物に消耗した様子はない。
それどころか斬り落としたはずの腕で剣を構え、まっすぐにソルへと突進してくる!
「(もしこいつがイストを叩くつもりなら――――)」
ソルは靴底を床につけたまま、すり足のように体重を移動させた。
「(途中で軌道をずらして、邪魔なヤツは体当たりで弾く!)」
その思考を読んだかのように、光の刃がソルの横を行き過ぎた。
と同時にソルは同じ方向へ跳び、魔物の親指を斬り飛ばした。
無論これが痛手になるかは分からない。だが確実に武器を持てなくすることはできる。
勢いよく振った剣が魔物の手からすっぽ抜け、天井に突き刺さる。
「火炎よ!」
カウンターの形で放たれた火柱が魔物の体を呑み込んだ。
ウィザが息をつく。
「あとは医者だな。交代で担ぎゃ下山できるか?」
「………………。無理はしないでね……」
「どういう意味だてめえ!」
ふつっ…………と、蜃気楼のように魔物の体が消えた。
ぎし。
ぎし。
ぎし。
と、微かな音が続く。
ソルとウィザは音の方向を見上げた。
虚空に現れた手が剣の柄を掴み、前後に揺らしながら天井から引き抜く。
ソルはウィザを突き飛ばして飛び退いた。
落下の勢いが乗った一撃が床を抉る。
「ーーーーっく!」
みたび現れた魔物は先程と同じく、傷一つない姿をしている。
対して、イストの出血は未だにショールを染めており、素人目にもこれ以上動かすのは危険だ。
突き込まれた切っ先をかわし、次ぐ横薙ぎを長椅子を盾にしのぐ。
破片と粉塵が視界に立ち込めた。
死角から振り上げられた一撃に、一瞬、ソルの判断が遅れる。
「火炎よ!!」
火柱がソルの頭ごしに魔物の腕を飲み込んだ。
おそらくは先程のソルと同じく、剣を握る手を攻撃して時間を稼ぐつもりだったのだろう。
――――ゥ……ォォオ……!
魔物の顔が苦悶に歪み、目に見えて動きが鈍くなる。
「!」
ソルは床を蹴り、魔物の手首を横薙ぎに斬り飛ばした。
体から離れた手は例のごとくかき消え、赤く焼けた剣が落下する。
ソルはすぐさま鋼鉄の鞘へ持ちかえ、錆びた刀身を打ちすえた!
「ウィザ!」
「吹き飛べ!」
もともと折れていた刀身が鞘の一撃でく字型に曲がり、衝撃波によって柄からねじ切れる。
ピントがぼやけるように魔物の姿が薄れーーーーそれきり、ソルたちの前に現れることはなかった。
■□■□
「……北の山の同胞が倒されたようです」
細い光の帯が宙を漂う。
メドロームがそれを捕まえ、指で絡めるように巻き取った。
「……聖職者殺しの妖刀も、本体を知られれば脆いものですね」
「では、すぐに北に向かい、目ぼしい者を血祭りに……!」
「待ちなさい」
メドロームは手元に目を凝らした。
目が痛くなるほど細かい光の文字が絡み合い、ひとかたまりとなって帯の形を作っている。
「最後の一撃は剣での殴打……直前に呪文の炎にも焼かれたようです。戦士、あるいは剣士と魔導師のいる群れでしょう」
「あ、あの……失礼ながら、なぜそんなことが?」
「私には読めるのですよ。我が同胞たちの死の間際の記録が。そこから推測すれば、各地での出来事など手に取るようにわかります」
メドロームが両手を広げた。
「毒バチたちの最期は、結界に阻まれた直後の火炎呪文。距離と時間からして同じ相手でしょう。女の力であの剣を折るのは不可能ですから、剣士、または戦士は男のはずです」
「おお……!」
「ちィと空けてくれ」
小柄な影が魔物たちの腰辺りをかき分ける。
メドロームはそちらを見て鼻にしわを寄せた。が、何もなかったように別方向を見る。
「あの妖刀と出会った以上、しばらく聖職者は使い物にならないでしょう。欠けた戦力で山を降りようとする人間は、決まって一番近いロッジを目的地にする」
「そのボロ小屋なら燃したぜ」
「ッなんですって!?」
魔物たちがどよめきながら左右に分かれた。
空いた通路の真ん中でフェルニクスが肩をすくめる。子供の姿ではないが、青年と呼ぶべき姿でもない。
和毛の残る翼と二本の尾羽が鮮やかなオレンジに燃えている。
外見年齢は12.、3才といったところか。
「たき木にゃシケてたが、ひよこ羽根じゃ見栄えが悪ぃんでの」
「どこまで勝手をすれば! あのロッジは、死に損ないを始末するための布石なんですよ!」
「ハ! あんな掘っ建てに誰が寄り付くかい」
「……ッ……!」
メドロームがぶるぶると肩を震わせた。手元の光が針のような直線に形を変える。
「こォのッ!!」
「おっと」
「ギャア!」
投げつけた光線がフェルニクスの翼を掠め、その後ろにいた魔物の眉間を貫いた。
フェルニクスが勢いよく翼を開き、打ち出された火の玉の群れがメドロームの髪を数束焼き切る。
「ぐわぁっ!」
「ひいい!!」
巻き添えを食らった魔物が悲鳴を残して灰と化した。
だが両名は互いから目を離さない。
「燃やす相手ぁたんといるぜ。一部隊全滅が望みかえ?」
「お好きに。命を落とした魔物の数だけ、私の武器が増えることもご存じですよね?」
頭上の渦からいくつもの光の帯が降り、メドロームの腕に巻き付く。フェルニクスが口の両端を吊り上げて構えをとる。
「お、お二人とも落ち着いて……!」
「もうよせ、巻き込まれるぞ!」
光線と炎が交差し、決して狭くはない洞窟の壁に穴を開ける。
飛び散る火の粉がフェルニクスの顔にかかり、三十路を過ぎつつあった顔立ちを僅かに若返らせる。
流れ弾を食らって倒れた魔物の体から光の帯が現れ、メドロームの手元に吸い寄せられていく。
「あと何発打てるんです? 同胞たちを焼き尽くしたところで、その頃にはあなたも老いぼれでしょう!」
「くかか、そンときゃあ生まれ直すだけよ! お前ぃこそわしを仕留める策があンのかえ?」
「うるッさいですよ!!」
一際勢いの乗った光線の束が天井を撃ち抜いた。
ばらばらと土ぼこりと砂が落ちる。
「っと………」
フェルニクスが猛禽の指をかざしたまま眉間を寄せる。関節には深いしわが浮き出し始めていた。
「はぁ、はあっ……!」
メドロームが片膝をついて息を乱す。
数体の魔物がその背にすがった。
「メドロームさま! これ以上の損害は作戦に響きます!」
「いいえ、今日こそは許しませんよフェルニクスゥ……! 来なさい、その手羽を裂いて天井から吊ってやります!」
「ほ、達者に動く舌だの。火種が手に入りゃ、余分の体は燃してやッからそう思いねェ!」
「負け惜しみを!」
メドロームが手に残った光線を投げつける。
それをかわし、フェルニクスが壁の穴から飛び去った。
半分ほどに減った帯の群れがぼんやりと洞窟内を照らす。
「………火種……ですって……?」
メドロームが荒い息のまま呟く。
ややあって、こわばった口元が三日月型に釣り上がった。
■□■□
「なんだコレ」
ソルは半眼で呻いた。
地図上ではロッジが建っているはずだが、目の前にあるのは炭と化した残骸だけだ。
「派手に燃えてる割に延焼はしてねえ。ただのボヤじゃねえな」
ウィザが焼け跡を睨んだ。
付近の木々はほとんどが立ち枯れており、マッチからでも大規模な山火事に発展するだろう。
しかし、魔力による炎は威力が高い反面、数分と保たずに消えるという特徴がある。
「離れた方がよさそーだな」
ソルは後方を振り返った。
山道に戻る少し手前で、イストが枯れ木に背中を預けている。
「もーちょい休むか」
「……ん、大丈夫だよ。キミが心配してくれるなんて雨でも降りそうだ」
「茶化してんじゃねえよ」
ウィザが目つきをきつくした。
「あの商人が血止めの薬を持ってなきゃ、最悪失血死もあったんだぞ」
胴を斜めに横切った斬り傷は、きわどいところで大きな血管を外れていた。
現在はその傷も回復呪文で処置してあるが、流れ出た血液までは補充できない。
「ふもとまで下りりゃでかい休憩所があるみてーだけど」
「地図貸せ」
「ん」
ソルは歩きながら物入れを開いた。
昨日の村もまた、日照りによる悪循環の渦中にあった。医学や回復呪文の心得があるものはおらず、備蓄してある食べ物は村人の分で精一杯だという。
せめてもの心付けに、と渡された麦パンをかじり、無言のまま袋に戻す。
「いっそさっさと野宿しねえか? 下山には回り道になるが、こう……」
ウィザが地図をなぞった。
現在地から西に逸れた場所に小高い丘がある。
日照りによって砂山になっているだろうが、山の中で夜を迎えるよりも安全なのは明らかだ。
誰の目にも、明らかだ。
ソルは地図をたたんだ。
「ふもとまで突っ切るぞ」
「あ゛ぁ? 正気か?」
「正直参ってるけど、」
ソルは額を拭った。日差しをしのぐためとはいえ、体全体を包む布はなかなかに蒸す。
視界を遮る片手の陰で何かが跳ねた。
「ッ!?」
ソルは長剣に手をかけた。
ウィザが弾かれたように同じ方向を見る。
比較的見通しのいい山道である。もとは川沿いの林道だったのか、枯れ木と流砂がどことなく景色の面影を残している。
「……気のせいか?」
「いや、何かいるぜ」
ウィザが油断なく視線を配る。
イストが細く息を吐いて教典を開いた。
肌がひりつくような気配が徐々に濃くなり、突き刺すような殺気に変わる。
「――――下だ!」
飛び退いた三人の影を掠め、二十あまりの魚の群れが飛び上がった。
一匹のサイズは大人の足程度か。鋭利な歯をがちがちと鳴らし、空振りを食らった魚たちが地面に消える。
「地中魚か……!」
土の中を自在に泳ぎ回る魔物の一種で、群れで狩りをする習性がある。
石畳や板の上に避難するのがよいとされているが、あたりは一面の荒れ地だ。
ソルは小脇から飛び込んできた一匹を叩き斬った。
「はじけろ!」
爆発が地面を抉って土の中の群れを吹き飛ばした。
その土煙を裂き、新たな地中魚たちがウィザを狙って飛び出す。
「加護を!」
半円状の障壁が広がり、弾丸のように突っ込んできた四、五匹を弾き返した。
と同時に、障壁が空気に溶けるように消滅する。
「イスト、無理すんな!」
イストが血の気の薄い顔で片手を上げた。その肩をかつぎ、ウィザがソルを見る。
ソルは付近を見渡した。
左には元来た道、右には西の丘へ伸びる細道が伸びている。そして振り返れば、ふもとへ続く下り坂が続いていた。
地中魚の群れを撒くのは少々手間だが、『最善の手を選ぶなら』ウィザの考えに乗るのが妥当だ。
ケガ人を抱えての下山はこちらまで体力を消耗する。さらに安易で確実な解決法は、『ここでイストを放り出して地中魚を引き離す』だろう。
「(つっても一応、色々借りがあるしな)」
すでに癒えた腹の傷がうずいた。ような気がした。
「急ぐぜ」
「あ゛ぁ!? だからどういう、」
「あとで話す」
ウィザが虚を突かれたような顔をした。
ソルはむずがゆい感覚をこらえてその顔を見つめ返した。
「あとで全部言うから。下まで走ってくれ」
「いいよ」
返事をしたのはイストだった。ウィザとソルの顔をそれぞれに見て、とりなすように笑う。
「オレは大丈夫だよ、ウィザ。ソルも考えがあって言ってるんだろう?」
ソルは言葉を選びかねてウィザを見た。
ウィザが短く息を吐く。
「……わぁったよ」
「サンキュ」
交差した視線がどちらからともなく逸れた。
険悪と呼ぶような空気ではないが、何事もなかったかのように仕切り直すには座りが悪い。
そのズレを嗅ぎ付けたように、再び地中魚の群れが地面から飛び出した。
「火炎よ!」
火柱が魚群の渦を撃ち抜き、翻った長剣がこぼれた地中魚たちを不揃いに一閃する。
「イスト、先に行け。しんがりは無理があんだろ」
ウィザが波打つ地面を油断なく睨む。イストが頷き、危うい足取りで下り坂に足を向けた。
「あと何回いける?」
「結界なら二、三回かな。……ごめん、強度は期待しないで」
「りょーかい」
ソルはイストを追い抜いて先頭を走った。
今のイストに全力疾走は無理だろう。が、ある妄想じみた予感が足を急がせる。
追ってくる地中魚の群れを何度も焼き払い、時に斬り飛ばし、山道を下る。
その背中を焚きつけるように、ソルたちに熱風が吹き付けた。
「よう火種ぇ。厄介ぇモンに追われてンな」
「っ、てめえ!」
ウィザが警戒をあらわにして身構える。
昨日の『青年』――フェルニクスが行く手を塞ぐように地面に降り立った。
あの子供の姿からなにがあったのか、今の見た目は初老に差し掛かる手前といったところだ。
フェルニクスが景色を透かすように地中魚の群れを見る。
遠目になる程度引き離しているとは言え、立ち止まっていては数秒のうちに追いつかれる。
「奴らぁしつこいぜ。狩ると決めたが最後、千でも万でも集まりやがる」
「とぼけやがって……! てめえがけしかけたんじゃねえのか」
「ここらぁわしの庭の池だぜ? 呼びもしねェのに沸くボウフラよ」
ばざっ! と、フェルニクスが翼を広げた。毛羽だった羽根にぽつぽつと炎が灯り、かげろうのような揺らめきを生む。
「ちィと腹に据えかねる野郎がいての。わしと来るなら、あのボウフラどもは焼き飛ばしてやろうサ」
「……二度目だぜ」
「三度は言わねェ」
フェルニクスの笑みが尖った気配をはらむ。
ウィザが油断なくその瞳を睨み返す。
イストが肘でソルの腕をつついた。
後ろからは次の魚群が迫っており、このままいけばはさみうちになるだろう。
ソルは長剣に手をかけてウィザの横へ踏み出した。
「ウィザ、一応聞くけど行く気は」
「ねェよ」
「だってさ」
「……通訳ァ要らねえぜ」
羽根のひとつひとつに灯る炎が翼全体に広がり、大きな炎となって燃え上がった。
と同時に、死角にいたイストが呪文の詠唱を終える!
「英知を!」
イストの投げつけた光球が強烈な閃光を放ち、あたりを白く塗りつぶす。
それよりもわずかに早く、ソルはウィザの目を覆って横の斜面へ飛び込んでいた
「うおおおお!?」
目を押さえたフェルニクスに、同じく目標を見失った地中魚の群れが突っ込んだ。
昨夜使った照明の呪文だが、呪文の内容を書き換えれば、維持時間と引き換えに光量を増やすこともできる。
最大光量を直視すれば、しばらくは目が利かないだろう。
ソルは数メートルの坂道を滑り降りてウィザを降ろした。少し遅れて、イストも二人のあとに追いつく。
「お前つくづくあーゆーのにモテんな」
「代わってやろうか?」
「考えとく」
ソルは下りの方向に顔を向けた。
ばぢぃ、と耳がかゆくなるような音がして、あたりが赤い光に照らされる。
「えっ?」
一陣の閃光が数歩横の木を貫いていた。
乾燥した木肌は一瞬で黒く変色し、帯電するように火花を散らす。
ソルとウィザはぎょっとして呪文の出どころを振り仰いだ。
デーモン、あるいはインプだろうか、簡素な鎧をつけた魔物の群れが頭上を固めている。
「…………誰?」
「見つけたぞ!」
思わず洩れた声をかき消し、大量の攻撃呪文が上から降り注ぐ。
「ンだよ次から次へと!」
ウィザが舌打ちとともに吐き捨てる。
「はじけろ!」
沸き起こった爆発が隊列をまとめて吹き飛ばした。
辛うじてかわしたうちの一体が、ウィザ目がけて手持ちの槍を振りかぶる。
しかし、横から飛び込んできた火の玉がその魔物を飲み込んだ。
「っぐぁぁぁあ!」
「わしの火種をかっさらおうたぁ、どういう了見だぇ?」
くらんだままの片目を押さえ、フェルニクスが殺気をむき出しに下草を踏み分ける。燃え盛るほどの勢いはないが、足元の草は見る見るうちに炭の色に変わっていく。
あれほどいた地中魚たちの姿がない。代わりに、同じ色の灰が鮮やかな衣服の裾にまとわりついていた。
魔物の群れが怯えたように顔を見合わせた。
「ーーーー吹き飛べ!!」
扇状の衝撃波がその一帯を薙ぎ払った。
不意をつかれたフェルニクスが数歩よろめき、魔物たちは宙でぶつかりあって地面に転がる。
「さっすが」
「任せろ」
「逃げるよ!」
ソルはウィザとイストを先に行かせて後列に着いた。
戦士や格闘家は前に出るのがセオリーだが、後ろから敵が迫ってくるなら配置は逆だ。
「向こうだ、追え!」
「ッ火種ぇ!!」
ソルは頭上から突き込まれた穂先を打ち払った。
フォークのような三ツ又の槍を構え、二体の魔物が交差するように急降下する。
「火炎よ!」
斜めに伸びた火柱が二体をまとめて飲み込んだ。
「しめた!」
フェルニクスが歓声を上げて火柱に飛び込んだ。炎をくぐり抜けた羽が鮮やかに色を取り戻し、しおれていた尾羽が枝葉の伸びるように膨らむ。
「くかかっ!」
勢いの乗った羽ばたきが魔物を四、五体まとめて消し飛ばした。
フェルニクスがソルの上を越え、ウィザへ手を伸ばす。
ソルは鉄製の鞘を腰から引き抜き、フェルニクスの顎を垂直に突き上げた。
「ご…………っ!!」
のけぞるように空中へ逃れ、フェルニクスが顎を押さえる。
「こッ……のォ……!」
「吹き飛べ!」
直線状に絞った衝撃波がフェルニクスの胴にめり込んだ。軌道上の枯れ木に縫い付けられるように吹き飛び、一抱え程の幹が音をたててへし折れる。
「直撃してようやくかよ……!」
ウィザが息を切らして呻いた。
残り僅かな魔物の群れが上空へ距離を取り、口々に呪文の詠唱を始める。
最初の攻撃呪文と同じものだとしても、人数分の威力と範囲はそれなりのものになる。
ソルは周りの斜面に目を凝らした。
数メートル先の枯れ木の根元に不自然な空洞がある。
「ウィザ!」
ソルが指差した先へ、ウィザが面食らいつつも狙いをつける。
と同時に、頭上から大量の攻撃呪文が降り注ぐ!
「貫け!」
圧縮した衝撃波が木の根元を撃ち抜いた。這ってぎりぎり入れる程度だった空洞が広がり、支えを失った枯れ木が傾く。
ソルたちはそこへ飛び込んだ。
直後に枯れ木が倒れ、ほかの木々と折り重なるようにようにして入り口を塞ぐ。
「っ、と」
ソルは二メートルほど落下して腐葉土の上に着地した。
ほどなくしてウィザとイストも転がり込んでくる。
予想通り穴の持ち主の姿はない。
穴全体の三分の二ほどが地面の下にあり、三人が膝を折って潜めるほどの空間が広がっている。
「これ、なんだい?」
「熊の巣」
「くっ……!?」
イストが青い顔で左右を見回した。
「見つけても近づくなって言われてたけど、冬眠の時期じゃねーから」
「誰に言われた?」
「……今する話じゃねーよ」
ソルは耳を澄ませた。
土の向こうで響いていた地響きが収まり、不鮮明な話し声が聞こえてくる。
攻撃呪文であらかたの枯れ木を吹き飛ばし、死体がないことに気づいたか。
「―――――! ……、……!!」
けたたましい怒号から察するに、フェルニクスが追い付いてきたらしい。言い争うような声と悲鳴、武器のぶつかる音が混じりあう。
「(潰し合いが終わるまで待つ……にしても、あの鳥はヨユーで残るだろうな)」
元より熊の巣に籠城できるほどの強度はない。
ソルは日除けマントの襟元を緩めた。
「ウィザ、さっきの話だけど」
「あ゛ぁ?」
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