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よくある犬猿の仲【3】

「てめえらよくも要らねえ手出しを!」  吠えると同時に放たれた火の玉が数体の魔物を灰にした。  フェルニクスがフゥフゥと息を切らす。 「どういうつもりか知らねえが、ここはわしに譲って帰ンな」 「それは……できません」 「はァン?」  魔物の群れが槍を構える。 「何をおいてもフェルニクスさまの『火種』を持ち帰れ、と、メドロームさまから仰せつかっています」 「あンの野郎……! てめえらも大した忠義モンだの」  フェルニクスがひきつった頬を吊り上げた。艶の褪せかけた翼が振り絞るような火勢を上げる。  魔物の群れがじりじりと間合いを詰める。  ひた、と、フェルニクスが一歩を踏み出す。  ーーーーよりも早く。 「はじけろ!」  土中からの爆発が魔物の群れを残らず飲み込んだ。大量に吹き上がった土煙がフェルニクスにかかり、炎の勢いを削ぐ。  ソルたちは熊の巣穴から飛び出し、再び下山ルートに向かって走り抜けた。 「っは、ははッ! 火種ぇ!!」  土煙を羽ばたきでいなし、フェルニクスがそのあとを追う。 「あれ! 橋じゃないかい!?」 「急ぐぜ!」  本来は豊かな谷川だったのだろう、切り立った崖の間に細い吊り橋がかかっていた。大人が二人乗れば踏み抜けそうな足場の板に、砂嵐に擦れてすり減ったロープが嫌なきしみ方をしている。  幸い下は砂の海だが、落ちれば骨の数本はどうにかなるだろう。 「逃がすかぇ!」  炎を纏った大量の羽根が橋に吹き付ける。 「はじけろ!」  沸き起こった爆風が羽根の群れを押し返した。  その余波に耐えられなかったのか、あるはそもそもガタがきていたのか。  吊り橋を支える縄が音もなく切れ、斜めになった足場が空中でばらばらになる。 「な!?」 「加護を!」  水平に広がった障壁がイストを受け止めた。  しかし、万全でない状態で発動した結界は、術者一人分の体重でも大きくたわむ。  イストが奥歯を噛んで振り仰いだ。  逆光の中で鉄製の鞘が反射し、ローブがはためく。  二人が結界に着地するよりも早く、眼下の砂の海から巨大な地中魚が跳ね上がった。 「しまっ……!」  空中では身を翻す場所もない。  戸板ほどあるあぎとを目一杯開き、地中魚が人一人を丸のみにする。  閉じた牙の隙間からローブの裾がのぞいた。 「てめェ!」   伸びてきた火柱をかわし、地中魚が砂の中へ姿を消す。  フェルニクスが文字通り飛んでくる頃には、地中魚は完全に土の下へと逃れていた。 「これもあの野郎の差し金かぇ……! ――――っ、ぐぅっ!?」  振り抜かれた鉄の鞘がフェルニクスのこめかみを掠めた。  宙に張られた結界を足場に、次の一撃が振り下ろされる。 「ッ、このっ!」  フェルニクスが反射的に腕を振り上げた。  瞬間、イストが結界を解除する。   障壁の上にいた全員が短い距離を落下し、フェルニクスの手が空を掻いた。  その間にも、イストが次の呪文の詠唱を終える。 「戒めよ!」  放射状の稲妻が宙を走った。  大きく羽ばたいてそれをかわし、フェルニクスが滑空とともにイストを蹴り飛ばす。 「うぁっ!」  フェルニクスが回し蹴りのように体を返した。二股に分かれた猛禽の足先でマントの裾を巻き込み、続けざまに二人目を崖に叩きつける。 「ぐっ……!」  鉄の鞘先が砂に擦れた。 「身内を追うよりわしを狙うかえ。ご立派なこって……と、ほだされるほど腑抜けちゃいねえぜ」 「…………ッ!」  フェルニクスはフードの襟首を掴み上げた。 「コレ幸いと目の前から消えてりゃ済ましてやったもんを。庭の羽虫を気に留めねえとは言ったが、たかりゃ潰しもするんだぜ?」 「ッ!」  鞘を握っていないほうの手がフェルニクスの腕を掴む。  フェルニクスはその指先に目を留めた。  「……うん? お前ぃは……」 ■□■□ 「ああ、下手に動かないほうがいいですよ」  メドロームは満足げな笑みを浮かべた。  無人となった鍾乳洞の中で、巨大な地中魚が主と向き合っている。  地中魚が細く口を開けると、ありふれた日除けマントの裾と魔導師の象徴であるローブがのぞいた。 「あの馬鹿の火種になるならどれほどの大魔導師かと思えば、……ふふ、まだ子どもじゃありませんか」  ぽたり、と、地中魚の口の中から滴った血が小さな血だまりを作る。  辺りに他の魔物の姿はない。がらんどうとなった鍾乳洞の天井で、いくつもの光の帯が渦を巻いている。 「これはね。この地で果てた同胞たちの記録……みたいなものですよ」  メドロームが片手をかざした。漂ってきた光の帯を指先で巻き取り、頭上の渦へと放りやる。 「我々魔物が命を終えると。その体と魔力は砂になって散る。でも限りなく細分化されただけで、情報は『ある』んです」 『ギゴルルゥ……』 「……っふふ、あなたには難しいですか」  メドロームが地中魚を振り返り、恍惚の眼差しで頭上を示す。 「見えないほど細かくなった『その魔物』の一部……私はそれを自分の魔力と融合させ、形作れるんです。情報を読み解く頭脳と手駒があれば、最低限の労力で目的へ至れる。……だというのに、それを乱す馬鹿がいましてねぇ」  メドロームが表情を歪めた。 「エネルギーに限りがあるなら節制すればいい。私の指示通り働けば、若さを保つ程度の炎は得られる。なのにあいつは気ままで無駄ばかりで、己の道楽しか考えちゃいない…………ッ!」  ぎりぎりと歯を鳴らしかけて、思い直したように口を閉じる。 「いいですか。奴に炎を与えていいのは、私が許した時だけです。あなたを捕らえたのは私ーーーー火種の持ち主は私! この盤面の指し手は私だと、あの極楽鳥に理解させるのです!」  メドロームは振り向いた。  そして固まった。  捕えたはずの魔導師の姿がない。ただ、顎を裂かれた地中魚が息絶えている。  ――――裂かれた? 「やっぱり居たのな、指し手サン」  翻った刃が鈍く光った。 ■□■□ 「吹き飛べ!!」  迸った衝撃波がフェルニクスの羽根を散らした。掴まれたままの日よけマントがちぎれ、フードが地面に落ちる。 「ぐ……っ、くっ、くかかかかかかかっ!! これぁ! まぁ! 大ぇした変装だのぉ!」  フェルニクスがふらつきながら腹をかかえて笑った。  耐刃ジャケットに接近戦向きのボトム――ソルの服を着たウィザが血の混じった唾を吐き捨てる。 「ああ、あの理屈屋のマヌケ面が目に浮かぶわ! くかっ、くかかかか!!」 ■□■□ 「ぐぅッ……!」  刃に引っかかって裂ける上衣がノイズじみた音を立てる。  メドロームは転がるように切っ先の間合いから逃れた。 「なぜ戦士がここにっ……いえ、人間ごときが私の存在に勘づいたとでも!?」 「ご丁寧に回復役から潰してくれたおかげでな」  ソルはボトムに絡まるローブの裾をさばき、長剣を向け直した。  何事にもセオリーはある。  敵の群れに回復役がいるなら、まずそこから潰す。辿り着いた街に休める場所がないなら、できる限り早いルートで次の集落へ向かう。  それらは戦術の基礎であり、常識であり、正確な判断を下すための土台となるものだ。  だが『セオリー通りの妥当な判断』は、時として選択肢を狭め、先の行動を予測されやすくなる。  そして共通のセオリーを知る者は、なかば直感的に、そこからにじみ出る指し手の意図を嗅ぎ取る。 「どーせ西の丘も砂場なんだろ。『見通しの利く場所で休もうとしたら、360°からあの魚に襲われる』とか?」 「ぐっ……!」  メドロームが奥歯を食いしばった。 「つっても、こんな苦し紛れが効くとと思わなかったぜ」  ソルは片手で日よけマントをはぎ取って落とした。  変装とも呼べないような服の交換である。フードとマントで多少のごまかしが効くとはいえ、喋ればすぐにばれる。 「一度でも自分の目で見てれば間違わなかったかもな」 「~~~~ッ黙りなさい!!」  頭上の光の群れが甲高い音を立てて軋んだ。四、五本の光の帯が群れから離れ、宙を泳ぐようにソルに向かう。  ソルは後方へ跳んだ。  床を打った光の帯は音もなくかき消え、斧を打ち込んだような傷跡だけが残る。 「逃がしません!」  メドロームが人差し指で虚空を一巻きした。地中魚の死体から短い光の帯が浮き上がり、細い指に摘ままれた瞬間、鋭く尖る。 「ーーッ!」  飛針のような一撃がソルの頬を裂いた。  とっさに閉じた片目側に死角が生まれ、そこを狙って次の光が迫ってくる。  ソルはやむなく開けている目の方へ体を翻した。行く手を横切るように飛んできた一本をよけ、前方へ転がった背中を別の一本が掠める。  風にさらされた頬の傷が鈍く疼いた。数ミリずれれば耳が落ちていただろう。それほどの切れ味にもかかわらず、出血は驚くほど少ない。  ソルはあたりに散らばる落石の陰へ回り込んだ。  魔物同士の小競り合いでもあったのか、人の二三人は軽く押し潰せそうな岩の塊がいくつも転がっている。  光の帯は落石に触れ、なんの抵抗もなくすり抜けた。  ーーーーと、錯覚しそうな切れ味で、落石を滑らかに両断した。  横へ転がったソルの肩先数センチを光の帯が行き過ぎる。 「隠れても無駄です!」  メドロームが哄笑を上げる。  ソルは舌打ちとともに岩陰を飛び出した。鞘はウィザに預けている。抜き身の長剣一振りでは、間合いを詰めなければ反撃のしようがない。 「っ!」  一歩踏み込もうとした地面に、牽制の短い光が刺さった。速度が削がれた数秒を狙い、四方から長い光の帯が突っ込んでくる。  ソルは前転するように斜めへ飛び、重なった光の隙間へと転がり込んだ。  その逃げ場が、おそらく意図的に作られたことは承知の上で。 「ーーーー馬鹿め! 食らいなさい!」  光の帯が雨のようにソルへと降り注いだ。  片腕で顔をかばい、一手前に光の帯があった方向へ地面を蹴る。  足や腕への直撃を避けてなお、焼けた鉄であちこちを刺されるような痛みが走る。  それらを意識の外に追いやり、ソルは着地した片足を軸に、メドロームを斬り上げた。 「このっ……!」  手を伸ばせば指先が掠めるほどの距離である。ダガーのような短い光で間合いを縫われれば、避けることは難しかっただろう。  だがメドロームの指が手繰ったのは、宙を泳いでソルに向かう、長い光だった。  当然それが届くよりも早く、下から振り抜いた一撃がメドロームの胴を薙ぐ! 「ぐぁぁぁあっ!!」  メドロームが傷を押さえて後ずさる。  ソルは長剣を引き戻して床を蹴った。  魔力で形作られてこそいるもの、光の帯の性質は飛び道具に近い。  ならば知るべきは、『残り何発、何を撃てるのか』だ。  隠し玉を仕込める矢や銃弾と違い、残りの光の帯は天井近くで煌々と輝いている。  ソルは踏み込みの勢いを乗せ、真横に構えた切っ先を突き込もうとした。  メドロームが足をもつれさせて尻餅をついた。  ――――ッズズズズ……!!  鈍い地鳴りが洞窟全体を揺らす。  かつてフェルニクスが出ていった天井の穴を砕き、二人の間に巨大な光の帯が割り込んできた。 ■□■□ 「吹き飛べ!」  何度目かの衝撃波が空を裂いた。  それを苦もなくかわし、フェルニクスが口の端を吊り上げる。 「お前ぃの十八番はそれじゃアねえだろう? いいかげん見飽きたぜ」 「はじけろ!」  爆風の余波が数本の枯れ木を薙ぎ倒した。しかしフェルニクスは僅かに後退しただけで、ダメージを受けた様子はない。 「加護を!」 「んっ!?」  空中を後退したフェルニクスの背に、結界の障壁がぶつかった。  ほんの数瞬、不意の障害物にフェルニクスの動きが止まる。 「貫け!」  ハンマーでガラスを砕くような音がした。  しかし、その場にフェルニクスの姿はなく、穴の開いた障壁だけが音もなく消える。 「大ぇ概にしねぇな。わしァ命を寄越せと言ってんじゃねえ、火種代わりに横に居れと言ってるだけサ」  上へと逃れたフェルニクスが山向こうの景色を指す。 「駄賃にゃ悪くねぇ眺めだぜ。次はあの辺りを焼き払や、いっそう見通しがよくなるか」 「あの辺りって……昨日の村じゃないか!」 「お前ぃにゃ聞いてねえよ」  フェルニクスが睥睨するように地上を見下ろした。 「うつつのモノはいずれ朽ちる。人の住み処なんざ数百年と持たんぜ。どの道最後が枯れ山水なら、今わしの庭にすンのが上等ッてモンさぁ」 「…………ッ、てめえ!!」  ウィザが見開いた目を釣り上げた。  燃え立つような眼差しがフェルニクスを射抜き、術者の周囲に漂う魔力が膨れ上がる。 「はじけろ!!」 「ウィザ、いけない!」  イストの制止は爆発音にかき消された。  高温の爆風が先ほどの枯れ木を焦がし、舞い散る火の粉がフェルニクスを若返らせる。 「くかかっ! 癇癪起こすたぁ子供のやるこったぜ!」 「言ってんじゃねえよ若造りが!」  双方から放たれた炎と暴風が中央でぶつかり、火の粉と砂塵を巻き上げる。 「ウィザ! 忘れたのかい、炎は……!」 「吹き飛べ!」  扇状の衝撃波がフェルニクスの炎を散らした。その余波がイストを後方へと突き飛ばし、砂に尻餅をつかせる。 「っ、うわっ!」  イストは熱風から顔をかばって目を凝らした。  砂塵の向こうでウィザの口が動いた。  ように見えた。 「火球よ!!」  数十の火の玉が空中に生まれ、一斉にフェルニクスに降り注ぐ。  誘爆しあうするように激しく燃え上がった炎に呑まれ、フェルニクスの姿が見えなくなる。 「っ……」  ウィザが浅く息を吐き、あごに伝った汗を拭う。 「くっかかかか……今のがお前ぃのとっておきかえ?」  声ははるか上空から聞こえた。  フェルニクスが両の翼を羽ばたかせ、悠然とウィザたちを見下ろしている。  乱れなく生え揃った羽根は金色の輝きを放ち、衣の裾から伸びた十数本の尾羽が長い曲線を描いていた。  それら全ての先に炎が灯り、かげろうを上げながら揺れている。 「分からねえ野郎だの。火球だろうが火柱だろうが、わしの尾羽一本燃やせやしねえのさ。こゥまで足し火してくれりゃあ――――当分は火の気に困らねぇだろうさァ!!」  フェルニクスの纏う炎が数倍に膨れ上った。翼が大きく空を打ち、脱皮のように押し出された炎が地面を走る。  焦げた枯れ木を一瞬にして黒く散らせ、熱した砂の色を変え――――ウィザの前髪を僅かに炙って、火炎は音もなくかき消えた。 「な……ッ!?」  ぼしゅっ、と音がして、フェルニクスの翼から中途から燃え尽きた。  ガス漏れのような音を伴い、黒ずんだ羽毛が宙に散っていく。  傾いたフェルニクスの背に薄い感触が当たった。 「こりゃあ……っ、結界……!?」  フェルニクスは砂ぼこりを透かした。  ごく薄い障壁がコップを伏せたような形をとり、ウィザとフェルニクスを閉じ込めている。 「いつの間にっ……! さっきの火球の勢いに紛れたのかえ!」 「そう」  イストが教典を片手に立ち上がった。 「結界呪文は意外と自由でね。結界自体を限界まで薄くすれば、維持時間と範囲をある程度伸ばせるんだ。密閉された中で炎を打ち合えば、燃焼に必要な酸素は薄くなる」  と、肩をすくめる。 「問題はそれまでウィザの息がもつか、ってことだけど……オレも、少しは旅仲間のことを知ってるんだよ」 「………………ッ!!」  フェルニクスが視線を戻すより早く、ウィザがその胴に狙いを定める! 「貫け!!」  圧縮した衝撃波がフェルニクスの胸を撃ち抜いた。  背中の羽根がぼろぼろと燃え尽き、炭くずのようになって四方へと散っていく。  不死鳥、火の鳥、鳳凰――――名前の違いこそあるが『死してなお火の中から蘇る鳥』の伝説は多くの土地で語られている。  彼らは死の間際に自らを燃やし、炎の中で体を再構成する。イモムシがサナギの中で自分の体を溶かし、蝶の体を作り直すように。  故に、彼らは限りなく不死に近い。  自らを蘇生する炎ーーーーそれを燃やすための、酸素さえ十分にあれば。 「尾羽一本燃やせねえ、だったか?」  ウィザの声に答えることなく、フェルニクスの体は砂となって消えた。 ーーーーそして、一陣の風が吹きだまる熱を何処かへ押しやる。 「びっくりしたよ。キミがすごく怒ったのはわかったけど、怒りに任せて意味のない攻撃を続けるタイプじゃないから」 「…………」  ローブの裾を撫でようとして、テクニカルボトムであることに気づいたらしい。ウィザが手の甲でススを払う。 「俺の故郷は」 「うん」 「……まあ、どこを見ても草原しかねえ田舎、なんだが」 「うん」  ウィザが砂煙の向こうを透かすように眺めた。 「お前が生まれる前から草原はあった。お前が去ったあとも草原は在り続ける。ーーーーだから火の始末は念入りにやるんだ、ってガキの頃散々聞かされてな」 「……そっか」  ウィザは苦笑いとともに肩をすくめた。 ■□■□  地響きを伴い、巨大な光の帯が洞窟に流れ込んでくる。 「ふ……ふふ、あははは……! なんてザマでしょう…!」 「は?」  ソルは眉根を寄せた。  メドロームが喜悦の表情で顔を上げた。 「あなたのお友達がたった今、フェルニクスを始末してくれましたよ。死してようやく私に従うなんて、本当に馬鹿な道楽者ですねえ」  す、と細い指がソルを指す。  とぐろを巻いた光の先端がぴくりと跳ね、指と同じ方向を向いた。 「さあ――――これで終わりです!」  叩きつけるような一撃が床を打った。  放電のような余波が周囲に走り、かわしたにもかかわらず皮膚がちりつく。  先程までの光の比ではない。直径だけでも人間一人は軽く飲み込むだろう。 「くっ!」  跳ねあがった光がソルを追ってジグザグの軌道を描いた。そのまま数度空振りしても、なお消えることなくあとを追ってくる。 「(いや)」  ソルは目を凝らした。ろうそくの芯が燃え尽きるように、光の帯の先端は少しずつ消滅しつつある。 「(長い分、燃え尽きるまで時間がかかるだけか?)」  ソルは地中魚から立ち上った光を思い出した。あちらが針程度だったのに対し、こちらはちょっとした屋敷を一巻きできそうな長さがある。  ソルは舌打ちとともにその場を飛びのいた。一瞬前にいた場所を光の帯が砕き、左右の壁にに跳ね返ってひびを走らせる。 「ッ……!」  ソルのこめかみをぬるい汗が伝った。先ほどめった刺しにされたあちこちが嫌な軋み方をしている。もって五分、いや数分走れればいい方だろう。 「ふふふ……息が上がっていますね」  メドロームが指をうごめかせる。 「逃げ回っても良いんですよ? 運が良ければ、片足くらいは残るでしょうから!」  電磁波のような重いノイズが響いた。  メドロームの姿を隠すように一巻し、光の帯が再びソルへ向かう。  不器用な子供が引いたようながたついた軌道を描きながらも、帯の中心はソルを真芯に捉えていた。  ざり、と、かすかな音を立てて長剣の切っ先が地面に触れる。  ソルは長剣を支えに体の軸を起こした。は、と、息を整え、迫りくる光を迎えに行くようにそちらへ駆け出す。 「馬鹿め、やけを起こしましたか!」  ノイズにメドロームの声が混ざる。光に視界が覆い尽くされる。  瞬間、ソルは光の真下へとスライディングした。  頭の上数センチを掠めて光の帯が行き過ぎ、ローブをちりつかせて通りすぎる。明滅する視界の中で、メドロームの驚愕の顔がくっきりと見えた。  ソルは片足でブレーキをかけつつ、背中を斜めにして肩を浮かせた。  足を起点に振られる勢いに逆らわず、跳ね起きざまに長剣を一閃する! 「しまっ…………!」 ーーーーどんっ、という衝撃がソルの背を殴り付けた。  行き過ぎたはずの光の尾が大きく曲がり、ソルの背に横薙ぎにめり込む。 「は……! はは、ざまあみなさ」  メドロームの哄笑はそこで途切れた。  狂喜の表情に縦線が入り、中央から左右へ分かれる。  傷口からは一滴の血も落ちることなく、砂山が崩れるように体ごと消滅していく。  さらに遅れて光の帯が空気に溶け消え――――あとはただ、静寂だけが残った。 「あ゛ぁ――――――――!?」  ロッジの一角で悲鳴が上がった。  砂の山を下りきって少し先、山道と街道の交差するあたりに建てられた休憩所の一つである。  景色には少しずつ緑の木々が混じり始め、ちょっとした別荘ほどの建物の中には食堂と道具屋、出張の武器屋や防具屋が店を構えている。  そんな中で上がった悲鳴は、客と商人たち両方の注目を集めた。 「ッそ、ソ、ソルてめえ、どうすりゃこんな事に……!!」  ウィザが震える手でローブを掴み上げた。  耐火性では鎧に勝るヤクーのローブーーーーその背中部分が削り取られたように焼け焦げ、ほぼ完全に炭化している。  ソルは努めてウィザの顔を見た。  四方から押し込められるような心地がするのは、食堂の隅の席だから、ではないだろう。 「マジでごめん」 「軽いよ!?」  叫んだのはイストだ。  ウィザは内臓を削られたような顔色で、まだローブを見ている。  その視線がはっとソルに向いた。 「ソ、」 「ソル。キミ、ケガは?」 「一応、軽いヤケドだって」  ソルは肩をすくめた。  シャツに擦れた背中がわずかにひりつく。 「ヤクーのローブをこんなに焦がすなんて……一つ間違えれば腕が焼け落ちてただろうね」  イストが顎に手を当てた。  おそらく、メドロームの光の帯は熱線ーーーーレーザーに近い性質を持っていたのだろう。深手の割りに出血が少ないのも傷口を焼かれたからだ。  使い手がこと切れるのがあと少し遅ければ、ぞっとしない結果になっただろう。  ウィザが咳払いをして口を開く。 「ま」 「まあ、そこに出張の防具屋もあるし、修繕してもらえると思うよ。みんな無事で良かった」  爆発がロッジの屋根を吹き飛ばした。 「ウィザぁぁ!! 周りの人がびっくりするだろ!」 「うるっせえ!! イストてめえ黙ってられねえのか!!」 「フォローしなきゃこうなると思ったんだよ!」 「火に油なんだよ」  ソルは半眼で呻いた。  そう言えば、どこかの大陸には最大級の謝罪を表すジェスチャーがあるらしい。もっともソルは詳しいやり方までは知らなかったし、知っていたところでウィザとイストに通じるとも思えなかったが。  ソルは粉塵の中でテーブルを眺めた。ウィザに預けていた長剣の鞘は、これといった歪みもなくテーブルに乗っている。  ウィザがひょいとそれを取り上げる。 「修繕費はてめえが払えよ」 「晩メシ三日分もつけるよ」  ウィザが鞘を差し出した。  ソルは両手でそれを受け取った。 end.

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