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第10話

 足音を立てることもなく進んでいた一行が、差し掛かった森のなかでピタリと動きを止めた。 「もう、着いたのかよ。さして城から離れてねえぞ?」  見れば、バルと呼ばれた馬上の男が、剣を抜く様が見えた。それが合図のように、集団が離散する。  木陰に隠れ、気配を殺したディーグは、エィウルスの姿を探した。が、同時に、銀の煌めきが走り、バサリと、何かを斬った音が響いた。  ツンと、血の香りが漂う。  先程の煌めきは、バルの剣だったようだ。だが、何やら様子がおかしい。  敵襲にしては、相手の息遣い、声、足音が無かった。 「……?」  何時もならば傍らに居るはずのエィウルスの気配さえ、消えていた。 「おい、エ…」  闇の中、呼び掛けようとした瞬間だった。   背後で、草葉を踏み折る音が響いた。  しまった、と、振り向きざまに剣を振りかざしたが、遅かった。  唸り声と共に、肩に激痛が奔った。 「…く…っ」  肩に、女が齧り付いていた。金に輝く双眸が、吐息も掛かるほど間近に見えた。 「この…っ、バケモノが…っ」  髪を掴み、剣を首に築き当てた瞬間。  女は、金の残像を残し、闇の中に消えた。 「なに…っ」  足音が、無かった。  気配さえ、辿れない。 「ギャッ」 「な、なんだ…!」  悲鳴が、方々から上がる。  血の匂いが、増していく。  ディーグさえ、己の肩から流れる血の匂いで、撹乱されていた。  これは、嫌な予感がする。 「チッ…」  退散しかないと、散り散りになった部隊の仲間の気配を探して声を上げた。 「おい!退け!退散だ…!」  何人、生き残っているだろうか。  今までに遭遇したことのない例だ。これが、集団の仕業なら、なお恐ろしかった。  バルと呼ばれた参謀を探した。  馬上で、既に狙われた可能性がある。だが、奴は先手を斬っていた。  襲われることを、分かっていたのか。 「まさか…」  再び、エィウルスを探した。  だが、その気配は無い。 「エィウルス…!無事か!」  闇に、問いかけは吸い込まれるようだった。  目前に、白い物が奔った。咄嗟に剣で眼前を防いだ。  先程の女とは別の、血塗れの女が、牙を剥き出して剣に喰らいついていた。  その金に輝く双眸は、正気を持っているとは言い難い、言うならば捕食動物の瞳をしていた。 「く、そ…ッ」  片腕で抑えるには力が足りなかった。  圧されまいと踵に力を込める。  瞬間。  銀の煌めきが、傍らから飛び出してきた。 「…な…エィウルス…ッ?」  巨大な狼へと変じたエィウルスが、そこにはいた。ディーグに襲い掛かった女の頭を一噛みに押し倒し、再び闇の中に消える。  女の断末魔の叫び声と共に、その気配が消える。 「なんであいつ…獣に…」  エィウルスが仕留めた女の屍を確かめるために、ディーグは闇の中を探った。  一段と濃い血の匂いが漂う。  ディーグは、目を背けた。  無残な、女だった形をしたものがそこに転がっていた。  本当に、エィウルスがそれをやったのか、疑う有様だった。 「おい!エィウルス…!」  銀の狼へと変化したエィウルスは、次々に獲物を食い散らかしていた。  尋常ではない疾さと、血肉を求めるその姿は、普段のエィウルスとはかけ離れていた。  狩りを、拒んでいた者の、成せる技ではなかった。 「おまえ…どういう…ことだ?」  ディーグは、目の前に広がった惨状に、目を疑った。

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