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第12話

 樹々の間に、エィウルスはいた。全身に、真っ赤な血を浴びていた。そして、先程と同じ、紅の双眸で、こちらを見ている。 「エィウルス…、だよな?」  ディーグは己の発した言葉に笑いが込み上げた。 「おまえ、俺が分かるか?」  松明を脇に投げ捨てると、ディーグはエィウルスに向かっていた。  外套を脱ぎ、エィウルスに掛けようと、傍へ寄る。見る間に、エィウルスは人の姿へと戻り始めた。  苦しげに、蹲ると、再び頭を上げた時、それは普段のエィウルスに戻っていた。  渦を巻いた紅が、群青色に戻っていく。 「エィウルス…!」  地に伏したエィウルスへと駆け寄ったディーグは、そのまま抱き上げる。 「……ニス…」  何事かを、エィウルスは呟いた。  それが何か、ディーグは聞き取れなかった。 「帰ろう。エィウルス」  ディーグは眠るエィウルスの傍にいた。  己が目を瞑れば、再び昏い森の中へ駆けていってしまうのでないか、そんな不安が胸を締めた。  時折、何事かをエィウルスは呟いた。まるで呪文の様に。  だがその正体を、ディーグは知り得ることは無かった。  ふと、風が吹き、開け放った窓から血の香りが迷い込んだ。  慣れたはずのその匂いは、今は遠避けておきたかった。  窓に近づき、月を見上げる。その瞬間、何かが鼻を掠めた。 「香…?」  血の匂いの漂う中、香がどこから微かに流れてくる。   二つの心臓を持つものでさえ、この微量な香りは、追いかけることができるかどうか、分からない。 「……ス…」  再び、エィウルスが呻いた。この香に反応しているかの様に、見えた。 「エィウルス…?」  その唇が、レグニス、と動くのを見逃さなかった。 「レ…グニス…?」

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