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第16話

 その後姿は、華奢な少年のものだった。  初めて合った時、この美しい者に、心奪われていた。いつかこの細腕から繰り出される剣術にも負けまいと、鍛錬を繰り返した。  だが、ここにいるのは、あの日の美しく、強い主ではない。  香の漂う中、窓の外を眺めるその後姿を、ディーグは睨みつけた。 「隠れんぼなら、終わりのようだぜ、レグニス。あんたの負けだ」 「此処に何の用だ?」  ゆっくりと、レグニスは振り返った。 「ディーグ。お前を呼んだつもりはない」 「あんたが呼んだあいつなら、今頃、狩りを楽しんでいるだろうよ、レグニス」 「あんたが教え込んだ狩りを、な」  ディーグは、言うなり鞘から剣を引き抜く。 「今から言うことをよく聞け。レグニス。でなければ、あんたは俺が殺す」  言葉を聞くなり、レグニスは笑みを浮かべた。 「へえ、私を殺す?あいつを止める事ができるかもしれないこの私を?」 「それは脅しか?命乞いか?悪いが俺には通用しない」 「はははっ、この私が命乞いだと?そんなもの、私には不要だ。さあ、好きにすればいい。そしてあの獣を野に放つがいい」 「エィウルスは、もう獣にはならない。そんな必要はない。もし、あいつが獣になるのなら、その要因を、元凶を、全て消し去ってやる」  レグニスは、その言葉を聞くなり、目を見開き、輝かせた。 「素晴らしい…!実に素晴らしいよ!傑作だ!」  眼前に垂れた長い髪を掻き上げ、見せたその顔は紅潮していた。 「あの獣と、お前さえいれば、私の願いは叶うというもの。…そうだな、やはり、お前の好きにするが良い。さあ、殺れ」  言って、その胸元を開く。 「残念だが、私にはお前たちに与えた『印』が無い。殺るのであれば、この胸を一突きし、燃やせ。この、根城ごと。私の棺にはそれで十分だ」 「ああ、そうするよ」  ディーグはレグニスの細い肩を掴み、剣を胸に押し当てた。  レグニスは微笑みを浮かべ、ディーグを見上げた。  水を貯めた革袋が裂けた様な音を立てて、レグニスの胸から血飛沫が上がる。  その美しい顔を歪めることは無かった。  更にディーグは剣に力を込める。  ごぼっと、喉の奥で音を立てて、レグニスは血を吐いた。  四肢が痙攣し、仰け反るようにして座していた寝台に倒れる。 「す…ば…らしい…」  レグニスは己の胸を貫いた刃を掴み、ディーグを仰ぎ見た。その微笑みを浮かべた絶する美貌。  ディーグは、心臓を何者かに掴まれたような錯覚を覚えた。  再び握った剣を、思い切り引き抜く。  盛大に血を吐き出し、レグニスの身体は震えた。  静かに、そして息絶えた。 「レグニス様!」  部屋の異変に気付いた男達がレグニスの部屋へと辿り着いた時、全ては終わっていた。  鮮血に塗れたディーグと、寝台に力尽きたレグニスを見るなり、男達は狼狽えた。 「なにを…」  一言、ディーグは口を開いた。だが、その声は震えていた。 「何を狼狽えている…!この駄犬共が…っ!」  駄犬。  そうだ。己さえも。  選ぶのではなく、闘うことを強いられ、誇りさえ忘れ、失っていた。 「うおおおおおおお…!」  気合と共に、一人、二人とその首を撥ねる。

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