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出張(6)
「満さんっ!」
息急き切って飛び込む俺の声に、満さんはゆっくりと顔を戻して俺を見つめた。
「満さん…」
ほおっ…と大きく息を吐いた満さんは、いつもの声のトーンで言った。
「…大声を出して済まなかった。
檸檬、コーヒー淹れてくれないか?」
俺は黙って頷いて社長室を出た。
胸がドキドキする。
アンダーソン社長はどういう意味で言ったんだろう。
彼のせいで、黒原さんが悩んで傷付いているのは確かだ。2人の間に一体何が……
満さんに早く話を聞きたいのに、コーヒーをドリップする時間すら苛立たしい。
2人分のコーヒーと、手を冷やす保冷剤とハンドタオルをトレーに乗せて、社長室をノックした。
「どうぞ。」
普段の落ち着いた満さんの声にちょっとホッとした。
「失礼します。」
ネクタイを外し、ジャケットを背もたれに無造作に掛けた満さんは「ありがと」と呟いた。
俺は側に行って、満さんの右手を確認すると、少し赤くなっていた。
保冷剤を巻くのを黙って見ていた満さんは、それが終わると俺を横に座らせて肩を抱いた。
俺もなすがままに身体を預けた。
暫くして満さんは、ぽつりぽつりと口を開いて、先程の口論の内容を話してくれた。
それは俺にとって滅茶苦茶衝撃的で、聞いていて言いようのない怒りが湧き起こってくるのを抑えることはできなくなっていた。
「アイツ、俊樹のことを『セフレ』だと言いやがった。」
「その関係を俺達や会社、外部の人間にバラすと、俊樹を脅して言いなりにさせている。」
「それに気付かずに、アイツと会わせていた俺が情けなくて腹立たしい。」
「休みを取らせて、俊樹のためだと良い気になっていたけど、体調不良の原因の片棒を担いでいたとは何たる不覚。」
満さんの沈んだ声を聞きながら、俺は溢れる涙と嗚咽を止めることはできなかった。
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