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出張(12)

何をする訳でもなく、街をブラブラと歩く。 美味しいものを食べて、しっかり運動して。 歩数的には、軽く一万歩いっているはずだ。 健康的な1日だな。 お洒落な造りの洋菓子店が目に付いた。 最近できたんだろうか。 ガラス越しに店内を覗くと、こだわった感じのケーキが並んでいた。 「檸檬君、喜ぶだろうな。」 持って行ってやりたいけど、満に見つかれば『休暇中に何しに来た!』って叱られる。 配達はしてくれないだろうな。 残念だが次回にしよう。 ふーん、隣は花屋か。 よりによって、店頭のバケツの中に、白薔薇がごっそりと生け込まれていた。 …ニールがくれた白薔薇をまた思い出した。 ばか、思い出すな、俺。 ふとした瞬間に、何もかもがニールと繋がってしまう。 気分転換になりやしないじゃないか。 何のための休暇なのか。 車道を走る車に目を遣ると、ニールと同じ車種。 どれだけ俺を虐めたら気が済むんだろう。 思い出したくないのに、脳裏に浮かぶ顔。 何だか泣きそうになって立ち止まった。 …俺を追い越した車がウインカーを出して停止している。 ムカつく。さっさと何処かへ行ってくれよ。 見たら余計に思い出すだろ? 突然ドアが開いて、こちらに走ってくる男。 まさか。 まさかのまさか。 こんなことがあるのか? 「俊樹っ!」 1番会いたくなくて、1番会いたい男が息を切らして俺の前に立ち塞がった。 「…ニール…」 「どうしてこんな所に?あぁ、出張だと満が言っていたが…もう商談は終わったのか? …俊樹、何かあったのか?」 「…いや、別に。」 「じゃあ、どうして泣いてるんだ?」 そっと目尻と頬を拭われた。 「え…俺、泣いてた…?」 ニールは俺の腕を取ると、車に向かって歩き出した。 「うわっ、ちょっ、ニール、離せっ!」 俺の抵抗も虚しく、助手席に押し込まれた。

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