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景色が変わる(7)

ぼんやりしていると、出汁のいい匂いと共にニールが入ってきた。 「俊樹、お待たせ!今起こしてやるからな。」 ニールはゆっくりと時間を掛けて俺を座らせ、クッションの枚数や角度を変えまくる。 挙句に食べさせようとするから、箸を奪い取った。 「ニール…そこまでしなくても大丈夫だ。」 至極残念そうに見えるのは気のせいだと思っておく。 少し冷めたうどんを啜ると、荒れた喉に(つゆ)がじわりと染み込む。 痛くはないが、ちょっとむせた。 ティッシュを差し出しオロオロするニールが、おかしくてかわいくて、乙女のように胸がきゅんきゅんする。 きっと、世の中の欲しい物全て手に入れているニール。 その男が……こんな平凡な俺の世話を…甲斐甲斐しく焼くこの男が、愛おしくて堪らない。 『過度な運動』で疲労困ぱいした身体は、胃が少しずつ満たされていくのに比例して、和らいでいく気がする。 うどんを食べ終わった頃を見計らって差し出された、マグカップに注がれたとろりとした液体は、蜂蜜たっぷりのくず湯だった。 火傷をしないくらいの温もりが、喉を滑り落ちていく。 俺が口に入れる様をニールは穏やかな顔で見つめている。 喉も身体もまだ痛いけれど。 心はとてつもなく幸せに満たされていて。  目の前に、愛する男が蕩けそうな顔で笑っているなんて。 ついこの間まで、この世の終わりのような気持ちでいたのに。 こんな、周りの景色ごとまるっきり変わって見えるものなんだろうか。 「……何でずっと見てるんだ?」 「やっと手に入れた恋人を見つめてたら悪いなんて法律でもあるのか?」 「何言ってんだか…」 「お前を見つめてるだけで幸せなんだ。 邪魔するな。」 何処をどうやったらそんな台詞がサラリと出てくるんだ!? そんなこと…真顔で言われたら、どうしていいか分からなくなる。 免疫がないんだから勘弁してほしい。

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