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結成まであと1年 9

「まだ起きていたの?」  よく通る声が降ってきて顔を上げる。月詠ちゃんが不思議そうにおれを覗き込んでいて、びっくりして飛び起きた。  おれはリビングのテーブルでノートを広げたまま、悩みに悩んで突っ伏していたから気づかなかった。外はもう真っ暗だ。  学校帰りに養成所へ行く雲雀と別れて帰ってきて、颯とご飯食べて、お風呂入って、颯は部屋に戻って、おれは一人になったんだ。それからどれくらい時間が経ったんだろう。 「月詠ちゃん! おかえり! ご飯食べる?」 「いただいてきたから、大丈夫よ。……何してるの?」 「あ、んー……」  おれがもごもごとしていると、月詠ちゃんは凛々しい表情を少しだけ緩めて、微笑んだ。 「詳しく聞きたいわ。待ってて」 「う、うん!」    月詠ちゃんはおれの双子の妹だ。  この辺じゃ有名な美人さんで、小学校の頃から今に至るまで、道を歩けばすれ違った人々は振り向き、女性と歩いている男性が目を奪われて喧嘩……にはならず、隣の女性も思わず目を奪われて立ち止まる。お母さんの名前を出すとみんな恐れをなして逃げていくけど、スカウトされたことも数知れず。おまけに高校ではあの雲雀に試験の成績で勝って、首席で入学した。おれは補欠入学だったのに。  綺麗で頭がいいだけじゃなくて、おれが悩んでると今みたいに何も言わなくてもすぐにわかってくれる。聡明で優しい、自慢の妹だ。  凛々しい眉と口元の黒子が大人っぽいってよく言われてるけど、同じ顔のおれは赤ちゃんみたいって言われる。納得できない。  黒子の位置と髪の長さ以外同じはずなのに、何が違うんだろう。表情? 立ち振る舞い?    部屋で着替えてきた月詠ちゃんはいつの間にか紅茶と蜂蜜まで用意してくれていた。向かい合うように座って、紅茶を口に運ぶ。一口飲んだら少しホッとした。  月詠ちゃんはおれが紅茶を置くのを少し待ってから口を開いた。 「何かあったんでしょう? 雲雀と」 「え!? どうして雲雀のことだってわかったの!?」 「……」  月詠ちゃんは何故か黙ったまま右斜め上に視線を向けた。 「……勘、かな」 「へー! 月詠ちゃんすごいねー!」  なんて頼れる妹なんだろうと、おれは感動して、まだ誰にも話していない悩みを打ち明けることにした。 「昨日、雲雀と話してたら急に……。おれびっくりしちゃって……まさか雲雀が……」 「誰もいない時を狙うなんてやるわね」 「え? なに?」 「続けて」 「う、うん?」 月詠ちゃんの謎の迫力と圧力に首を傾げながら、おれは続けた。 「えっと……雲雀は返事待ってくれるって言ってたけど、どうしたらいいかわかんなくなっちゃったの」 「それでこんな時間になるまで悩んでいたの? 陽も同じ気持ちだと思っていたのに、意外ね」 「え?!」 「違うの?」  あまり表情を変えない月詠ちゃんが、ほんの少しだけ意外そうに目を大きく開けて、首を傾げた。 「全然考えてなかったよ! 雲雀とユニット組むなんて!」 「……ああ……」  そっちか、あぶなかった、と月詠ちゃんが小さく呟いている気がするけどよく聞こえない。月詠ちゃんは一つ咳払いをして続けた。 「私は二人が組んでるところ見てみたいわ」 「で、でもおれ全然アイドルのレッスン受けてないのに……」 「雲雀と一緒なのが嫌なわけじゃないでしょう?」 「え?! う、うん……」  ドキッとして俯くと、月詠ちゃんはふふ、と優しく微笑んでいた。 「……嬉しかった?」 「……うん」  昨日の事を思い出すと表情が緩んでしまう。  今日一日ずっとそうだった。嬉しく嬉しくて、思い出すと人前でも気持ちが零れちゃいそうで、ずっと我慢していた。本当は嬉しくて仕方ない。  でも、心のどこかで、雲雀には他にもっと相応しい人がいるんじゃないかって思ってしまう。 「……嬉しかったけど、雲雀は人気者で特別だから、雲雀の特別になりたい人はいっぱいいるよね。それなのに、幼馴染だからってだけで、おれがみんなを押しのけて居座っていいのかな? って……」  雲雀には言えなかった。  雲雀は優しいから、いつだっておれの望む答えをくれる。それに甘えておれはここまで来てしまった。  だから、考えれば考えるほど、どうしていいかわからなくなった。 「そうね。もっと可愛い人も魅力的な人も才能がある人も、たくさんいるかもしれない。芸能界を目指すような人たちだもの。才能と自信に満ち溢れてる」 「うん……」 「でもね」  月詠ちゃんは静かに紅茶を置いて微笑んだ。 「それでも雲雀は陽を選んだの。……力不足を悩むのもわかるけれど、これ以上に価値があることなんてないでしょう?」  月詠ちゃんの柔らかな微笑みと言葉に、心をぐるぐるかき乱していたものが消えていく。  月詠ちゃんの鋭くて凛々しい眼差しがこうして和らぐのは家族の前だけだとおれは知ってる。雲雀の表情や口調が柔らかくなるのが、おれや家族の前だけなのと同じ。  特別なことなんだ。雲雀がおれを選んでくれたことも。  それが一番大事だった。 「……ありがとー、月詠ちゃん」 「心配しなくても大丈夫よ、身を任せても。雲雀なら責任取ってくれるから」 「ふふふ、身を任せるってなぁに? 責任取るとか、月詠ちゃんは大袈裟だなぁ」 「責任取りたがると思うけど」 「月詠ちゃん面白いなぁ」  おれがくすくす笑っていると、月詠ちゃんも可憐に微笑みを浮かべていた。月詠ちゃんは時々言うことが大袈裟でおかしい。 「……努力は大事よ。でも、完成してからデビューする人の方が少ないでしょう。アイドルだから印象に残るような優れた容姿は必要かもしれないけど、陽だったら大丈夫よ。飛び抜けて可愛らしいもの」 「雲雀も可愛いって言ってくれたけど、ほんとに? おれ地味じゃない?」 「自信を持って。ほら、ご覧なさい」 「え?」  おれが首を傾げていると月詠ちゃんはキリッとした凛々しい眼差しと、何をしてても崩れることのない美貌でおれをまっすぐ見つめていた。   「私達の〝この顔〟が、地味だなんて本気で思って?」 「つ、つくよちゃぁん……!!」    思わずときめいてしまった。  雲雀もかっこいいけど、月詠ちゃんもとってもかっこいい。自分の魅力を自覚していて、努力を惜しまない。だからいつだって、恥じることなく堂々している。  おれだってそんな月詠ちゃんと同じ顔なんだ。そう考えると、急に勇気が湧いてきた。 「おれ、雲雀と話してくる」 「そうね、早い方がいいわ。今日一日でだいぶダメージが……」 「え?なんて?」  いつもならはっきりきっぱりと話す月詠ちゃんにしては珍しい。なんか今日は時々ぼやけるなぁ?  不思議に思いながらも聞き返すけど、月詠ちゃんは、ふふ、と楽しそうに微笑むだけだった。 「……月詠ちゃん楽しそう」 「ええ、とても」  こんなの楽しそうな月詠ちゃんは珍しい。おれも嬉しくなって、二人で笑った。

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