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結成まであと1年 10

 雲雀の部屋の前に来て、扉を叩こうとしたところで手を止めた。胸に手をあてて、深呼吸を繰り返す。  何から話そう?  まず、今日一日逃げ回ってしまったことを謝りたい。雲雀はいつものように優しかったのに、おれはひどい態度を取ってしまった。ちゃんと謝ろう。話はそれからだ。  そして、昨日のお返事をするんだ。誘ってくれてすごく嬉しかった。不束者ですが、どうぞよろしくお願い致します、と。あれ? なんか違うな。もう、月詠ちゃんがおかしなこと言うからだ。ちゃんとしなきゃ。  ……でも、まだ雲雀はおれと組みたいと思ってくれてるだろうか?  ふと湧いてきた不安に、心が沈んでいく。もやもやをした雨雲に覆われる。  それを、ぶんぶん、と頭を振って、振り払った。  よし、と小さく呟き、意を決して――寝てるかもしれないから、少し控えめに――コンコン、と扉を叩いた。 「雲雀……? ……ごめん、まだ起きてる?」  声をかけた途端、ガタッ、ガタン、と何か固い物がぶつかって倒れる音がした。首を傾げながらも待っていると、かちゃり、と扉の取っ手が動いたので少し下がる。扉はゆっくりと開いて、雲雀が顔を覗かせた。 「……こんな時間にどうした?」  雲雀は少し驚いたような顔をして、首を傾げている。 「あ、あのね、今日ごめんね」 「ん? 何が?」 「……今日ずっと雲雀から逃げちゃってたでしょ? だから謝りにきたの」 「ああ、そんなこと? 気にしてないよ」  柔らかく微笑む雲雀の声が優しくて、おれはほっとした。 「気にしなくていいから、もう寝な?」 「ありがとう。でも、話したいことがあってきたの。……今いい?」  おれはじっと雲雀を見つめた。雲雀は少し目を見開いたけど、すぐに「いいよ」と答えて、少し体をずらして部屋の中に入れてくれた。    ベッドに座った雲雀に、どうぞ、と言われて、おれも隣に座る。  でも、雲雀がおれの方に体を向けて、話を聞くために待ってくれているのに、おれは俯いてしまった。話したいことを決めてきたはずなのに、静かな部屋で時計の秒針の音が何回も何回も響いている。 「……話って、昨日のこと?」  少しの沈黙の後、雲雀が口を開いた。パッと顔を上げて、雲雀を見ると、困ったように笑っている。 「う、うん……! あ、あの、おれ……」 「ごめんな」 「え?」  おれはびっくりしてしまって、目を丸くした。雲雀は少し眉を寄せて笑顔を作っていて、少し苦しそうに見える。 「ずっと悩んでたんだろ? 怪我までして、なんか変だったもんな今日」 「あれはおれがぼーっとしてたから……」 「でも、一緒にやるなら陽がいいってずっと思ってた」 「……え?」  雲雀の言葉に、心臓が高鳴って、胸を打ち鳴らす。 「……いろんなやつに誘われたし、陽も俺のためにいっぱい考えてくれてたけど、俺は最初から陽以外と組むのは考えてなかったんだ。ごめん」 「な、なんで……? おれ、何もできないのに」 「そんなことない。俺にはできないけど、陽にはできる。そういうことがたくさんあるよ」  何も思いつかなくて、おれが首を傾げていると、雲雀は優しく微笑んでくれた。 「俺は陽がいてくれたら、何でもできるし、どこへでもいける気がする。一人じゃできないことも、陽がいてくれたら頑張れる。……アイドルとかさ、正直全然自信ないけど、陽が隣にいてくれるなら……」 「……?」 首を傾げていると、雲雀は不意に視線をそらした。 「……雲雀?」 「……陽は静かなところが好きだろ? だから、無理しなくていいよ。ただ、俺はいつでも待ってる。それだけ覚えておいて」  雲雀は俯いて、おれの方に向けていた体を前に向けてしまった。  再び静かになった部屋で、おれは、すごくドキドキしていた。  雲雀はもうずっと前から、おれを選んでくれていたんだ。  嬉しい。昨日誘われた時も嬉しかったけど、もっともっと嬉しい。  微かに残っていた不安は全て吹っ飛んで、ただただ、これからへの期待に胸が膨らんでいく。 「そうだったんだ……。ありがとう。おれも雲雀と一緒がいい」 「焦らなくても……ん?」  雲雀がこっちを見て首を傾げている。おれは頬が緩んで、引き締められそうにない。溢れて止まらない。 「おれ、昨日すごく嬉しかったよ。でも雲雀と組みたい人やもっと相応しい人がいるんじゃないかと考えちゃって、手放しで喜べなかった。……誰かが選ばれなくて悲しい思いをしてるかもしれないのに、おればっかり喜んじゃいけないかなって。でもやっぱり心に嘘はつけないみたい」  誰かの悲しみを想うと、寂しさが心を掠めていく。おれにはどうしようもないことだけど、そのことを忘れないようにしたい。忘れたくない。  だけど、おれは顔を上げて、雲雀を見つめた。大きく見開かれた瞳はおれの大好きな色だ。迷いのない表情の自分が映っていることが誇らしい。   「おれも雲雀の隣に立ってみたい。輝く場所におれも行きたい。……一緒に連れて行ってくれる?」    珍しく目を見開いた雲雀としばらく見つめ合う。雲雀はゆっくりと元の表情になったと思ったら、急にぎゅっとおれを抱きしめた。   「……連れて行く。お前が行きたいところならどこへでも、俺が連れて行ってやる」 「うん!」    雲雀の声は鋭く、力強くて、昨日の真剣な表情を思い出した。だけどもう不安はない。抱きしめる腕が痛いくらいに強くて、おれも応えなくちゃ、と背中に腕を回した。

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