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告白 2

 「ちょっとええか」  声をかけられた。  聞き慣れない声。  ハスキーな、でも心地よい声。    僕は顔を上げた。  珍しいヤツが僕の机の前に立っていた。  コイツ・・・名前なんやったっけ?  えっと?  「クラスメートやって位はオレのことはわかるよな?・・・どうせ名前も知らんのやろ」  ソイツは言った。  皮肉に笑う口許が見えた。  分厚いレンズと長いボサボサの髪に隠されて、ソイツの顔はわからない。  が、なんか嫌なヤツなのはわかる。  なんや?  その言い方。    「ちょっと名前が思い出せんかっただけや。しゃあないやろ、僕とお前話もしたことないやん」  僕は言った。  コイツは僕に限らずクラスで話すことはない。  誰とも話さない。   先生とすら話さない。  病的な位、話さない。  話さないといけない場面でも、話さない。  いつも小馬鹿にした表情を顔に貼り付けながら、全てのことを拒絶しているように一人で本を読んでいる。  しゃべらなくても人をバカに出来る才能のあるヤツでもある。  仕方なく用事で話かければ、これほどまでにない位の嫌な態度で答えてくれる。    例えば、授業で提出するモノを集めなきやいけないので、係が取りに行くとする。  「ほら集めなあかんねんて」  と差し出した手に、なんでそこまで嫌な感じで渡せるねんというような嫌みな渡し方をしてくるのだ。  指先で摘まんでぶら下げて、欲しけりゃやるよ、みたいにヒラヒラさせるのだ。  で、こちらがイラつくのを半笑いで見てる。  なんでそんなところでそんなことされなあかんねん。  とみんなブチ切れていた。  僕はそんな関わりでさえほとんど関わりを持ったことなかったけど。  学年トップどころか、本当は学校なんかこなくてもいいレベルの天才とかでなければ、絶対にイジメられているヤツだ。  嫌、そんなんでも絶対シめられるやろ。  ここは秀才が来るような学校じゃないんや。  退屈しのぎに学校に来てるんやろうけど、こういうヤツが通うような学校ではない。    ここは弱肉強食の底辺男子校なのだ。    僕みたいにスポーツで入ったヤツらもいて、とことん肉体派だしね。    だから、本来ならアイツはエグいイジメにあうはずやった。  それもほとんどアイツ自身の自業自得せいで。  誰だってバカにされたら怒るのは当たり前やからね。  そしてこの学校では建て前など存在しない。  良くも悪くも剥き出しの奴らばかりなのだ。  された侮辱をそのままにするヤツはいない。  侮辱は暴力で返される。  普通なら。  ただそうならないのはアイツについてくる噂のせいだった。    だから、誰もアイツをマトモに相手しない。  関わればムカつくのもあるけど、ほとんどは噂のせいだ。  ・・・とにかく、とにかく  僕はわけがわからなかった。    コイツが喋ることにも驚いたが、それ以上になんで僕に話しかけてきたのかに驚いた。  「ちょっとだけ、ええか?」  少し声が震えていたと思ったのは気のせいだろうか。  「ちょっと待ってや。僕、反省文かかなあかんねん・・・」  僕はソイツに言った。    僕はまたしでかしてしまったんや。  僕はどうにもそそっかしい。  今日も歩いていたら何にもないところでつまづいて、こけてもうた。  転けただけなら良かったのだけど、運悪くそこに消火器があって、それのピンが運悪く外れて、運悪く転けた僕が消火器を握ってしまって、消火器が思い切り噴射されてしまって、  それをなんとかしようと慌てて立ち上がったら、慌てすぎてフラついて手をついたらそれが非常ベルで、非常ベルが鳴り響いて・・ ・。    鳴り響くベル。   噴射された消火剤で煙る廊下。    立ち尽くす僕。  駆けつけた先生に怒鳴れた。  「またお前か!!」  そう。  また僕なんです。  先週の屋上小火騒ぎに引き続いて僕なんです。   僕はいつもこんな感じで・・・  ドジにも程がある。  いつもいつも壊滅的にドジなんや・・・。    まあ、おかげで悪意はないことは先生達も知っているので、反省文だけで済むことになったんや。  何を反省すればいいんや?  僕が僕であることか?  ううう。    これまでにも沢山反省文を書きすぎてもうあやまる理由が見つからない。    「すぐすむわ」  アイツは言った。  僕はため息をついた。  なんやろ。  「ええよ。何?、早よ言うて?」  僕はアイツを見上げた。  顔は見えない。   分厚くて顔歪ませるレンズ、長い前髪。  でも、痛い位僕を見ていることはわかった。  沈黙が刺さる。  すぐに済むって言ったくせに。  何やねん。    僕コレ終わらしてジムに行かなあかんのに・・・。   部活はもう引退したけど、僕の競技者人生は続くのだ。  「何やねん、早よ言ってくれへんかな」   僕はいらついた。  でも、僕はあまり怒ったりするのは苦手だから出来るだけ優しく言う。  「・・・好きや」    ぽつり、震える言葉が落ちた。  へえ?  疑問符だけが浮かんだ。  ぽかんとしていたと思う。  アイツはくっと喉の奥で笑った。  片手で顔を覆って。  僕はからかわれたと思ってめちゃくちゃムカついた。  本気でびっくりしたんや。  本当にびっくりしたんや。  「ふざけんなや!!」  僕は珍しく怒鳴った。  僕は人を絶対に殴らない。    僕が人を殴るのはリングの上だけや。  でも、こういうのはムカつく。  殴らないけど、少し脅してやりたくはなる  「ふざけてへんわ・・・マジや」  アイツが笑いながら言った。  それがむかつく。  笑いながら何を・・・、ポタリと水滴が机の上に落ちた。    アイツが笑いながら泣いてることに僕は気付いた。  「キモイよな・・・悪い思てるんやで・・・これでも」  アイツは泣きながら笑いながら言った。    だから、本当なんだ、とおもった。  えっと・・・。  こんなんどう反応すればええの?  僕、女の子に告白されたこともないのに、一度も話をしたことのない男子校の同級生に告白されてます。    ポタリポタリと机に落ちてくる涙を僕はぽかんと見ていた。 口も開いとったかもしれん。  「・・・ええんや。言うつもりもなかったんや。でも・・・どうせ嫌われとるけど、もっと嫌われたら諦めもつくと思ったんや・・・」  アイツはそう言ってまた笑った。  乾いた笑いと涙。  嫌な笑い方だった。  「もう用事はすんだ。・・・な、すぐすんだやろ。悪いなキモイ話で。笑えや。誰に言ってくれてもかまわへんし、笑い話にでもしてくれや」  アイツはそれだけ言うと僕に背中を向けてスタスタと歩き出した。  僕はぼーっとしていた。  よくわからなかった。    これはなんなん?  何なんこれ?  僕告白されたような気がするけど、なんかバカにされたような気も・・・。  いや、両方された!!  僕は弾けるように立ち上がった。  教室を出て行こうとするアイツの腕をつかんだ。  「ふざけんなや!!」  僕は怒鳴った。  こんなに腹が立ったのはひさしぶりだ。  僕はおよそ格闘技をしてるようには見られない。  ぼーっとした性格だし、基本的に人と争うことはせぇへん。  ボクサーやけど。     「兄ちゃんは呑気すぎる」  妹にはいつも言われているし、  リングの上とは別人やな、とコーチやトレーナーや会長からも言われてる。  でも、今そんな僕が、なんか無性に腹がたっていた。   「悪かった言うてる、すまんな、キモイ話で!!」  アイツも怒鳴る。    全く謝るつもりのない態度で。      「そこやないわ、僕が怒ってんのはな、お前人をバカにしんのか?なんで僕がお前を笑いもんにしたりする思うんや!!そこまで性根腐っとらんわ」  僕は怒鳴った。  「そこ?、・・・そこなん、怒るとこ?」  アイツがキョトンとする。  「当たり前や!!僕はな、人を笑いモンにするヤツがいちばん嫌いや!!そんなヤツと一緒にすんな!!」  僕は怒鳴った。  アイツは何か言おうとして、言葉をつまらせた。    またアイツが笑った。  でもそれはさっきのかわいた笑い声ではなかった。  暖かな声で笑うんだと意外に思った。  「まあ、男に好き言われても・・・どう返事すんのが正しい断り方なんかは分からへんけどな」  僕はそこは正直に言った。    「どのみち断るんは確定やろが」  アイツは皮肉っぽく言ったが、前ほど嫌な響きはなかった。  むしろ、なんか楽しそうにさえ聞こえた。        「おっぱい大きい女の子が好きやもん、僕。女の子と付き合うたことないけど」  そこは正直に言う。    毎日毎日練習練習練習。  暇はなかった。  そういうことにしておこ。  モテへんわけやない、きっと、多分。  「そやけど、お前を笑いもんにはせんわ」  そこはきっぱ言った。  泣きながら言われたんや。  そんなん切ないやん。  冗談なんかにせぇへんで。  「そうか・・・オレが悪かった。お前は・・・そんなんちゃうかったな」  アイツは言った。  初めて皮肉のない声で、その声は心地よかった。  「オレは・・・お前にこれ以上嫌われるんがつらかったんや。そやから・・・構えてもうた。お前に大して失礼やったな・・・ごめん。ごめんな。嫌なことばかり言ってもうた」  アイツは言った。  「・・・これ以上も何も・・・何も知らんのに嫌いもあらへんし・・・、好きや云われたことは別にそこまで嫌なこととちゃう・・・」  僕はちょっと困りながら言う。  好き、言われたらそら困るけど、嫌なことでもないだろ。  困るんはめちゃくちゃ困るけど。  僕は腕を強く掴みすぎていたことに気づき、手を離した。  掴んだ腕の細さに僕は驚いた。  なんなんこの細さ。    良く見てみれば、ソイツはものすごい細かった。  長い手足にも、身体にも肉がない。  え、なんでこんなに細いのに歩けんの?      猛獣のような体育会系の中で育った僕にはなんかショックやった。  僕の姉や妹より細い・・・。  まあ、アイツらムキムキだし。   妹は空手、姉貴は柔道の選手だ。  因みに兄貴はキックボクサーや。  僕の家は格闘一家なのだ。  オヤジはなんか警護の仕事をしてる空手家やし。  おかんも元女子ボクサーだし。    いや、女の子とかそういうのじゃなくて・・・僕はこんなに弱そうな生き物がそれでも気を張って生きているということになんか・・・圧倒された。  「・・・そっか。ありがとう・・・気が済んだわ」   アイツは微笑んだようだった。   顔は相変わらず見えない。  ちょっとみたいと思ってしまった。  見たところで・・・どうするわけでもないけど。  掴んだ腕とか手が震えていたから、なんか、なんか、胸に来たりするわけで。  「・・・嫌いやないで?」  つまらんことを言うてしもた。  「嫌いになるほどオレのことは知らんしな」  アイツはクスリと笑った。  その声は明るかった。    この声は好きだと思ってしまった。  「うん・・・」  僕は頷くしかなかった。  「ありがとう・・・」  アイツは小さな声でもう一度だけ言った。   まだ肩は小さく震えていた。  「うん・・・」  僕は女の子より細い(当社比)その肩を見詰めるしかなかった。  もう一度掴みたい。  その腕を強く。  その肩をひきよせたい。  細い壊れそう。  ・・・強く掴みたい。  強く強く強く。  強く強く強く・・・。    掴んで掴んで掴んで。  奇妙な感覚に襲われ、僕は首をかしげた。  性欲に似ていた。  でもコイツは胸の大きい女の子じゃない。  アイツの細い背中を見送りながら僕は首をひねった。  今おきた自分の感覚が良く分からなかった。  あの衝動はなんだったんだろう。  全身がざわついた・・・。  まあ、いい。  もうわかることはないだろう。  アイツと僕に接点はない。  なんかアイツも「気が済んだ」言うてたし。  いつも通りの、話もせんクラスメート、それだけや。  でもなんか、掴んだ腕の感触を手が覚えていた。  なんやろ、これ。  アイツの涙とか、震える声とか。  なんなのこれ?  奇妙な感覚に僕は首をかしげた。  まあ、いい。  僕はその感覚に蓋をした。  そしてアイツのことは考えないようにして、反省文に専念しはじめた。    

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