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猫殺し 8

 足音が近付く。  僕は待つ。  それはこの暗闇の中、迷いなく石段を降りてくる。  僕は耳がいい。  試合中に相手のグローブが目をかすめ、目が見えなくなっても試合ができた。  僕は耳でもある程度世界を把握できる。  「獣」と言われる一因でもある。  そして鼻も利く。  僕はもう石段の二、三段先にいるソイツの匂いを嗅いだ。  それは・・・僕と同じ獣の匂いがした。  散々相手を嬲った後にする、満足した暴力の匂いだ。  空腹を満たした獣の匂いだ。  間違いない。     コイツや。  僕は歓喜した。  やっと出会えたのだ、殺してもええ獲物に。  僕は何も言わなかった。  石段の下から低い姿勢で、ソイツのおるところへ身体をぶつけていった。    僕は相手の急所を拳で打ち抜くのを一番得意にしてるけど、流石にこの暗闇ではそれはできない。  それよりはこの石段という場所を利用した方がいい。  向こうも僕のスマホの灯りは見ていたかもしれないし、僕が下にいることはわかっているかもしれないが、僕ほど正確に僕の居場所を把握しているわけじゃないはずだ。  僕の狙った通り、ソイツの身体に僕はぶちあたった。  僕はソイツの身体を抱えて・・・すくいなげるように背後へ投げた。     身体は石段に叩きつけられ、転がり落ちて行くだろう。  痛んだ身体を抑えつけて、好きなだけ殴る。  ・・・下手したら死んどるかもしれんがな。  黒く焦げた猫。  苦しげに開けた口。     恐怖に見開かれた目。  お前はああした。   なら、それと同じ位にされてもええはずや。  獣は生き物を弄ぶこともある。  残酷に。  だがな、それはその獣もまた別の獣に弄ばれることがあるってことを意味しとるんや。  お前だけが暴力を楽しめるなんて思うなや。    獣であるってことはな、狩られることもあるってことや。    僕は背後の闇にソイツを思い切り放り投げた。   投げたのに、悲鳴も苦痛の声も、肉体が階段で転がる音もしなかった。  僕は無音であることに強烈な違和感を感じた。  僕は四つん這いになり、暗闇の中耳をそばだてた。  タンタン  軽い足音が石段を降りていく。  僕は悟る。    僕はちゃんと宙に投げた。  でもソイツは・・・地面に叩きつけたのではなく、着地したのだ。  猫のように。  そして今、石段を降りていこうとしている。  僕は暗闇の中、石段を疾走する。     逃がすか!!  僕の獲物や!!  暗闇の中、それを追う。  捕まえて・・・引き裂くために。  裏山の入り口にまで来ていた。  道路からの街灯が差し込んでくる。  出ていこうとするソイツの姿が一瞬見えた。    ソイツも僕を見たはずや。  ソイツは僕と同じ年頃の・・・普通の少年やった。  猫殺しとかするようなえぐさは見えなかった。  普通の・・・少年。  むしろソイツを追う僕の方が鬼のような顔をしていたはずだ。  ソイツは笑った。   爽やかとも言える笑顔だった。  そして・・・跳んだ。  凄まじい跳躍やった。  同時に起こった眩しい光に目が眩んだ。  道路を大型のトラックが通ったのだ。  ソイツは消えていた。  トラックに飛び移ったのだとわかった・・・。  逃げられたのだ。  僕は唸った。  僕は獲物を逃がしたのだ。        

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