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猫殺し 11

 闇がくる。  その刹那、白い羽ばたきが視界を覆った。  白い羽。  真っ白で巨大な羽根。  何かがそこにおりたった・・・。  いや、何かやない、白や。  アイツの影に住んでる化け物・・・。  火が消えた。  完全な闇になった。  「フギャァァ!!」  けたたましい泣き声がした。  その声はすぐ消えた。     僕は痛む手でスマホを操作した。  右手はあかん、でも左手なら少しは動く。    ライトをつけた。  いたむ手で前方を照らす。    白い巨大な翼を広げた化け物の頭が変形してた。  まるで暴れる何かがいる袋みたいに蠢いている。  いや、喰ったのだ。      コイツの顔には穴しかない。    その穴の中に気化猫を吸い込み喰っているのだ。      頭はグニャリグニャリと動きまわり・・・やがて動かなくなった。     アイツや。  アイツが白を放ったんや。  僕を助けるために。  「あんのアホぉ!!」  僕は怒鳴った。  コイツを使う言うことの意味わかってんのか?  コイツにお前の精液のまさなかあかん言うことやろが!!  あれほど僕が怒ったのに、あのアホ!!  僕以外にお前のん飲ませるんか。  あかんやろ!!  てか、僕もお前のんそれ程フェラしたってないのに。  あのアホ。  殺すまでやってやろうか!!  アイツがこの場にいなくて良かった。  本当に殺すまでヤってたかもしれん・・・。  もう無茶させんて決意したばかりなのに!!  白を殺したかった。  コイツの頭部がアイツのチンポに絡みついて、吸ったり飲んだりしたん僕は忘れてへん。  アイツがあえいだ。  中を蠢かせながら感じてた。  僕以外のがアイツに触ったん忘れへん。  しかし、コイツ傷つけたらアイツがきずつく。  でも、アカン。  許せん。    コイツ殺してアイツも殺そか。  ほんなら、僕以外のもんがもうアイツに触らん。  そんな考えさえ過る。     アカン。  アカン。  白が立ち上がった。  僕と向き合う。    僕は思わず後退る。  コイツのヤバさは知ってるからだ。  2メートル以上はある凶悪な身体。  穴しかない顔。  両腕の代わりに巨大な羽根。  脚は膝から下は鳥の鈎爪だ。  真っ白な羽毛に全身覆われている。  白の穴しかない顔が僕を見ていた。  見てるような気がした。  だってコイツの顔、黒い穴しかないねんもん・・・。  どこまでも続くような闇みたいな穴。  「少年・・・」  白が言った。  そう、確かに口もないのに、白が喋ったのだ。  「お前喋れるんか・・・アイツは喋れらへん言うてたで」  僕は眉をひそめる。  僕は最悪、この暗闇の中に飛び込むつもりだった。  この狭間の先がどこに繋がっているのかもわからないが、僕は違和感を無視しない。  違和感は・・・警告だ。  アイツが言うてたことと違うってことは・・・無視してええことやない。  ・・・アイツは僕に嘘をつかんからや。  白は笑った。      顔もないのに、でも、笑ったのは分かった。  それがちょっと小馬鹿にした感じなんも分かった。  「・・・あの子は知らないよ。あの子と話さないのも契約の内だ。私はあの子の祖父と契約しているんでね。・・・しかし、君は面白いな。いい獣だ。人間よりは我々に近い」  どこから声が出てるのかわからん。    でもやけに響く声で、その獣じみた外見からは想像もつかない理知的な話し方を白はした。    「・・・私の話し方が思っていたものと違って驚いているかい?・・・君達は自分達だけに知性があると思っているのかい?獣に近い姿だと知性がないと。愚かな。契約を交わすと言うことは条件の折り合いをつけ、契約を遵守することが出来るだけの知性があるからこそだろう。知性ない生き物が契約をまもれるわけがあるまい?」  白はまた笑う。  確かに僕はコイツにここまで知性があるなんて思いもしなかった。  「これからもあの子といるつもりなら覚えるおけ。『思い込むな』『人間よりも賢い生き物は沢山いる』と。それで、だ。君は私が気に入らないのだろ?」  白はズバリと切り込んできた。  「お前キライや」  僕は控え目に言った。  キライどころか殺したい。  「それは私が貰う報酬のためかね?」  白は首を傾げた。     「当たり前やろが!!アイツは僕のやぞ。アイツの髪の毛一本たりとてお前にやりたない。お前やなくても嫌や、死ね、アホ、ボケ!!」  僕は怒鳴った。  白はまた笑った。    楽しそうな声でムカついた。  何がおもろいんじゃこの化けモンが。  僕は唸った。   右手は完全に動かんなっとる。   左手はスマホ持つのが精一杯や。  でも脚はうごく。   蹴り殺す。  あかん、アイツも傷つく。      でもムカつく。  「それでだ。・・・こちらから契約を申し出たい」  白は言った。  「契約やと?」  僕は聞き返す。  「私と契約しないかね。そうすれば私はあの子から報酬を貰わなくてもいい」  白は言った。  僕は考えた。  ちょっとその意味が分からなかったのだ。  「・・・お前、僕の・・・飲みたいの?」  なんか。  なんか。  なんかそれは嫌や。  でも、でも、アイツのん飲まれるよりは・・・嫌、でも僕は僕のは全部アイツん中に注ぎたい・・・しかし、でも、でもこんなんにのまれんのは・・・。  ものすごい葛藤に気分が悪くなった。  あんまり物事考えんのしなれてへんねん。  脳貧血が・・・。  「ああ、君のはいらない。あの子のだから価値がある。あの家の子だからね。・・・君の場合は君の血液だ。君はあの子とたっぷり交わっているから、単なる血液よりは価値がある。それなりの量は頂くがね」  白が言った。  即決した。  「契約する」    白が呆れた。  顔がないけど呆れたのは何故かわかった。  「せめて考えたらどうかね」  ため息までつかれた。  「お前にアイツのん飲ませるん止めれるんやったら何でもするわ。アイツに二度と触んな、飲むな」  僕は怒鳴った。  血液くらいいくらでもくれてやる。   「まぁ、血の気も多そうだし、そうそう死ななそうだがね、君は。それでも忠告はしておこう。一回に君が私に提供する血液はかなりのものになり、君でも二、三日はまともに動けないだろう。二回立て続けに提供するようなことがあれば、君は確実に死ぬ」  白は言っていたが、どうでも良かった。  「ほら、吸えや」  僕は動かない右手を差し出した。   皮はペロンとめくれていた。  「・・・そんなケガまでおってあの子といたいのかね?もっと酷いことがあるかもしれないよ」  白は自分で言い出したくせにグダグダ言い出した。  「ほっとけ。愛してるんや」  僕は言い切った。  「ほう、どれくらい?」  面白そうに白が言うのが腹立たしい。  「喰ってしまいたい位や。でも喰っておらんなったら辛すぎるから絶対に喰わへんくらいや!!」  僕はムカつきながら叫んだ。  「君は本当に・・・いい獣だ。・・・人間にしておくのは・・・惜しいな。気に入った」  白がまた笑った。  よう笑うなあコイツ。  「僕はお前が嫌いや」  僕はそこは念押ししておく。  「契約成立だな」    白の穴しかない顔が僕に近づきそう言った。

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