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猫殺し 12

 白の顔が近づく。  その人間に似た頭部の顔にあたる部分には穴しかなかった。  羽毛に覆われたその頭部の前面にあるのは巨大な真っ黒でどこへ続いているかもわからない穴だけだった。  闇のような穴が僕の顔の前にあった。    叫びたくなるような恐怖があった。  「報酬を頂こう。契約は成立した」  白は言った。  どうやって話しているのかは謎だ。  口もないのに。    「なんかこう、契約に儀式とか何か書くとか魔法陣とかないの?」  僕は呆気なさすぎて聞く。  これじゃ口約束やん  「当事者同士が納得して約束を交わした。それ以上何が必要かね?」  白に言われた。  確かに。   どちらもが約束を守るのならばそれで十分だし、約束を破れば白はソイツを殺すだけだ。  なるほど。   いらんな。  「確かに。さあ、持っていけや」  僕は言った。  「君を助ける代わりに、君は私に血液を提供する。忘れるな」  白の言葉が違和感のある闇の中に響いた。  そうここは狭間。   まだ狭間なんだ。  白の顔がグニャリと柔らかく歪んだ。  ジェルのように広がり・・・僕の焼け爛れた右手を肘まで包み込んだ。  「うっ・・・」  僕は呻いた。  鋭いいたみが走った。  歯があるのだろうか。  肉をつきやぶられるのがわかった。  そして、身体から生命が流れ出す感触があった。  身体が冷えていく感覚があった。  僕は確かにこのバケモノに命を吸われているのだと・・・わかった。  立ってられなくなりそうだった。    膝をつきたかった。  でも倒れなかった。  こんなところで倒れない。  決めたからだ。  僕が守る。  アイツは僕が守る。  僕は今白がしてるみたいにして、アイツの命を吸ったのだ。  好きなだけ快楽を貪ることで。  僕はアイツの命を吸った。  だから守る。  絶対に僕が守る。  だから何があっても・・・倒れない。    白い腕を覆っていた変形した頭部がグニャリとまた蠢き、離れていく。  グニャリグニャリと動きながら元の形に戻っていくその姿は、本当にきしょかった。  僕は白に血を吸われていた右手を眺めた。  アイツついでに指まで喰ってんちゃうか、と思ったからだ。    「あれ?」  僕は思わず声を出す。  酷い火傷を負っていた右手は、喰い破られたあとどころか、ズルリと皮までむけていた火傷まで・・・綺麗に治っていた。  なんで?  「今回は初回特別サービスというヤツだ。左手の方は一週間もあればなおるだろうからな」  白が笑った。    なんやろ、コイツ・・・人間臭い。  いや、赤と黒もテレビ見まくっているしな。  現代の化け物はこんなもんなんか?    「私は人間の世界に長くいるのだよ?今ならなんと左手も・・・と言うのも考えたがね、そこまでお安くは出来なかった」  白は僕の考えを読んだように言った。  お前らテレビ好きやな。  なんでテレビショッピング調やねん。  「なんでもええわ・・・これは礼言うとく。ありがとう」  僕は素直に礼を言った。  「・・・私は君を気に入っているのだよ?良い獣だからね」  白は言った。  「僕は嫌いや」  そこは即答やね。  「さあ、狭間が終わる。・・・あの子の願いは君を助けて連れ帰ることだったからね、君を屋敷まで送ろう」  白の言葉の通り、闇夜が解けていくのがわかる。  僕を取り巻く胸をざわめかせるような闇の歪さが、少なくとも知っている闇の姿に戻っていく。   狭間から・・・元の世界に戻っているのだ。  「あの子が待っている。・・・あの子に私が話せることは内緒だよ?あの子の祖父は私とあの子が話すことは望まない」  白は言った。  なんか妙に気になる言い方やな。  白は僕の視線にふっと笑った。  「あの子がいずれ話してくれるだろう。あの子の家が何なのか。あの子がどうしてああなのか。あのひねくれようは・・・可愛らしいがね」  白の言葉にムカつく。    「お前になんか何も聞かんわ。本人から話してもらう。アイツが可愛いのは僕が一番知っとる。お前は触るな近寄るな。僕が守るんや」  僕は言った。  「あの子を守るか。・・・あの子は強いぞ。誰よりも」  白が愛しげに笑ったので殺意を抱く。  僕のや。    それに強い?  アイツ箸より重いもんもたれへんぞ。    

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