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悪意8
少年は足を止めはしたが絶対に振り向かなかった。
見るな。
見るな。
あの目を見るな。
「野良猫に餌をやらないで下さいって管理人さんが言うてくんのよ。まぁ、誰にでも言うてるみたいやけど、あんたが餌やってることをご近所に知られたら、うちの家が悪う言われるんやからね。あんたはかまへんけど、あんたの兄さんと妹の評判下げるんだけは止めてや。・・・・・・自分のデキが悪いから言うて、兄妹の足まで引っ張らんといてくれる?」
女は柔らかく言った。
柔らかくはあっても、優しさは一ミリもない。
「・・・・・・見つからんように夜にやっとる」
小さい声で少年は言った。
「そう。シャワー浴びてもええけど、音は立てんようにな。妹が毎日毎日シャワーの音がうるそうて寝られへん言うてたで?・・・・・・あんたのせいでかわいそうやないの、成長期やねんからちゃんと寝ないとあかんのよみ。気をつけたって」
女はあくびをしながら言った。
「音立てんようにする
小さな声で少年は言った。
女が父親以外の男と出かける夜には妹も朝までどこかに遊びに出かけて、寝てない夜など沢山あることを女に言っても仕方ないのだ。
「そうして。ホンマ、いらんことしかせん子やねぇ」
女は嫌そうに言うと少年を残し、奥の寝室へ戻っていった。
少年は黙って自分の部屋に向かう。
少年は自分の部屋が一番小さい部屋であることをしっていたし、自分の部屋に普段使わない家族の物が置いてあることも知っている。
部屋に積み上げられたダンボール。妹や兄や父の名前が書いてある。
自分の部屋が物置と兼用であることを少年は知っていた。
それでも部屋はある。
そしてプライバシーをまもるための鍵もある。
「置かして」
とたまに家族の荷物がやってきたり、
「あれかえして」
と引き取りに来ることがあるだけだ。
物置部屋の管理者、少年は皮肉っぽく自分のことをそう思っていた。
少年は机に向かう。
そう、それでも勉強机もあるベッドもある。
有名私立にも有名予備校にも通わしてもらってはいる。
かなり高額な小遣いも貰っている。
悪くない。
悪くない。
妹も兄も父も自分をバカにはしてない。
無関心なだけだ。
何も悪くなんかない。
実の母親が「無価値」だと思う生き物なのだ。
俺は。
少年は皮肉に思った。
あの女の目を見てはいけない。
憎しみがあるのならいい。
まだ憎まれているのならいい。
そんなモノすらない。
あるのはただの乾いた軽蔑だ。
劣ったものかこの家に生まれてしまった嫌悪だ。
イラつかないように少年をみないようにしようとする努力と、少年が図に乗らないように、機会があることにそれを教え込む残酷さだけ。
元々、優しい女ではないのだ。
そんな態度を別に少年にだけとるのではない。
基本、そんな、態度なのだ。
でも。
胸が痛くなるのを押さえ込む。
そんな優しくない女がそれでも・・・・・・兄や妹には甘く優しく笑うのをしっているからだ。
少年が近づけばそれは消えた。
そのことを考えると痛くなる痛くなってしまう。
シャワーを浴びよう。
少年は期を取り直す。
汚れた下着を手洗いし、少年用の洗濯籠にいれよう。
少年の洗濯モノだけは家族とはべつなのだ。
籠にいれておけば女が洗ってくれるが、少年は自分で洗濯するようにしていた。
食事も外から買って一人部屋で食べる。
小遣いはタップリ貰っているのだ。
シャワーの水量を出来る限りちいさくして・・・汚れた身体を洗おう。
少年は自分をわきまえてさえいればこの家にいてもいいのだ。
自分の地位にさえ納得して身の程をわきまえて。
猫達のおかげで上がっていた気分は最悪になっていた。
少年はズボンをおろし、ヌルヌルになっている下着も下ろした。
擦り始めた。
考えるのは猫のこと。
猫を踏み潰し殺した靴底の感触を思い出す。
思わず腰が震える程に快感がくる。
「・・・ふぅ」
少年は呻く。
焼いた猫の泣き叫ぶ声
「ああっ・・・」
恍惚となる。
たまらない先っぽを執拗に撫でる。
お湯につける度に泣き叫ぶ声。
茹でられた猫の色の変わった瞳。
脳からやってくる快感に思わず、腰が何度も何度も揺れた。
猫の顔は女の顔と目に変わる。
女の肌も目も熱を通され、茹で上がって少年をお湯の中から見つめていた。
グツグツ煮える。
具のように。
「うっ・・・」
少年は低く呻き手の中に放った。
気持ちいい。
射精以上の気持ち良さがある。
アレを思い出す度に、閉じ込められていた部屋がぶちこわされるような爽快感がある。
どうでもいい。
どうでもいい。
・・・・・・でも生きたい。
少年は切望した。
ソレを。
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