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獣 7
割られた窓に思わず目をやったのと、太い腕が僕の襟首を掴むのは当時だった。
僕は割れた窓から片手で引きずり出されていた。
猫のように襟首を掴まれ片腕で決して小さくはない身体を吊り下げられる。
僕は175はあるのに
デカい男が僕を子猫でも吊すかのように僕を吊り下げていた。
186センチ。
身長まで細かく分かる。
甘いとも言える整った顔。
ただし、隠しきれない下品さと粗暴さがある。
高いスーツを着ていて、高級時計を身につけて高価な靴を履いててもそれは隠せない。
その顔は今、全くその下品さと粗暴さを隠そうともしてへんかった。
「お前・・・分かってんのか?」
低いドスのきいた低音で脅されるが、まあ、なんともおもわへん。
「ひぃ」
社員さんが運転席から割れた窓ガラスから引きずり出された僕を見て固まっていた。
ガタガタと震えてはる。
気の毒に。
窓まで壊されて。
「け、警察・・・」
社員さんは震える指で携帯を取り出そうとした。
ええ人や。
この町の人間やったらそんなことはせんのにな。
「やめとけ」
ソイツが言った
「やめといて」
僕が言った。
声は重なった。
息ぴったりやな。
嫌やけど。
「・・・兄貴やねん」
「弟や!!」
また重なった。
「兄弟?」
社員さんは悲鳴のように言った。
片手で僕を軽々と吊したまま兄貴はポケットから札を20枚位取り出すと窓ガラスを壊した助手席に投げ込んだ。
「壊して悪かった。修理代や。こっからは家族の問題やからほっといてもらえるか?」
兄貴は言った。
「大丈夫やから行って下さい」
僕も吊されたまま言う。
社員さんはそれでも悩んではったけど、僕が吊されたまま笑顔で手を振ると、不安そうな顔をしたけど、震える手でハンドルを握って車を出した。
ええ人やな。
「一般人を脅かすなや、ヤクザが」
僕は兄貴に言う。
「誰がヤクザやボケ。おかんに聞いたぞ!!お前家にもマトモに帰ってへんらしいやないか!!」
兄貴が怒鳴る。
さすがに遠巻きに人が集まりはじめた。
そら、デカい高級スーツの男が少年を腕一本で吊してるんやからな。
おもろい見ものや。
でも、誰一人通報しない。
そういう町や。
「高校生の時から女の子の家を転々してて、キャバクラの用心棒しとった兄ちゃんが僕に何言えるの?僕、ガッコ真面目に云っとるし、ジムにも行っとる。真面目なバイトもしとるで?」
僕は冷静に言う。
兄ちゃんは残酷そうな笑いを浮かべた。
「それがどうした?・・・オレの高校の時とお前の高校の時に何の関係があんねん。オレがしたからお前もええなんて理屈あるわけないやろがボケが。オレの弟は人がしとったら自分もええ思うクズなんかい。そんな性根は叩き直してやらなあかんなぁ」
兄ちゃんの唇が歪む。
コイツ最悪や。
マジ最悪や。
コイツ自分はアチコチの女の子だけでは足りへんで、学校の若い女の先生にまで手ぇ出すほどに手当たり次第に女の子と遊んでて、暴力と悪知恵で必要なら誰でも彼でも脅して好きなように使ってきて、そのくせ、一見品行方正な優等生という、キングオブクズやったくせに、何故か弟や妹には良い子を強いるというええ兄ちゃんごっこが大好きやねん。
棚上げって言葉の意味がわかっててそうしとんねん。
迷惑この上ないわ。
高校卒業と同時に全ての悪事がバレて、東京の大学に逃げるように出て行って、とうとう今では怪しい仕事をしているくせに。
「性根腐ってんのは兄ちゃんやろ。・・・おとんがそう言って泣いてたぞ。僕はおとんを泣かせたりせんで」
僕は言い切る
僕はエエ子や。
ちょっとやりすぎることがあるだけや。
兄ちゃんのコメカミに血管が浮かぶ。
「生意気言うな!!卒業したらしたいことが見付かるまでフリーターするとか言うてるらしいけど、そんなアホなことは認めん。そんなフワフワしてること言うてるんやったらオレの仕事手伝え。嫌なら就職するか進学しろ!!」
兄ちゃんが怒鳴る。
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