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殺意 1

 鍵を探しそっと鍵穴にさしこむ。  出来るだけ音を立てず回す。  家の鍵は無くしてはいけない。  少年はインターホンを鳴らしてはいけないのだから。  妹や兄は鍵をカバンのどこにいれたかわからなくなって、面倒なのでインターホンを鳴らしたりもするが、自分には許されないことを少年は知っていた。  オートロックを解除させ、さらにドアの鍵まであの女にわざわざ開けさせるなど、考えるだけでも恐ろしい。  そっとドアを開ける。  靴を脱ぐ。  脱いだ靴は部屋に持って入る。  玄関の靴箱に少年の靴を置くことは禁じられているのだ。  洗面台に自分の歯ブラシやコップを置くことも禁じられている。  全て、自分の部屋に持ち帰る。  着ていた上着などを兄や妹のように居間のソファーに置けばあの女はブチ切れるだろう。  「邪魔やわ!!邪魔!!」  わめき散らす女が本当に邪魔だと思っているのは自分であることを少年は知っている。  物置を兼ねた自分の部屋に、兄のロードバイクが置いてあった。   鍵をかけ忘れていた。  自分の部屋にあると邪魔だから置くことにしたのだろう。  兄に悪気などない。    その証拠にロードバイクはキチンと吹き上げられ、新聞紙を敷いた上においてある。    部屋が汚れないように気遣ってくれているのだ。  小さな頃からそうしてもいいと教えられてきたからそうしているだけだ。  少年も長い間そうされても仕方ないと思い続けてきたのだ。    食事を家族と一緒に食べることがないことさえ当たり前だと思っていた。    部屋にもちこみ一人で食べてきた。  それでもキチンとした食事を作ってはくれていた。  他の兄弟と同じように。     今では外食するようにお金を渡されているが、十分過ぎるほどほどの額をくれている。  風呂のシャンプーなども、風呂場に置くことは許されない。  部屋以外の場所に少年の痕跡は一つもないようにされてはいても。  それでも部屋は与えられている。  高価な服も。  高額な小遣いも。  有名私学にも通い、有名予備校にも通っている。  そして・・・憎まれているわけではないことも知っていた。  これは憎しみのような熱量はない感情だ。  もっと無機質で・・・乾いている。  軽蔑と、無関心だ。    ただ邪魔なだけ。    ただ愛していないだけ。  何か理由があるのかと、必死で考えていた頃もあった。  大きくなれば色々と知るうちに。   他の家では兄弟にこれほど扱いに差があることはないことも分かってくる。  こんな扱いをうける理由を知りたかった。  出来の良し悪しで言えば、確かに兄程優秀ではないが、塾などにも通わせてもらっているから、成績はそれなりに優秀だ。  勉強嫌いの妹に比べたならはるかにいい。  出来で言うなら妹は最低だ。  成績も素行も悪い。  でも、あの女は妹には優しい。   怒るけれど、優しい。  感情のある怒り方をする。   少年に対するモノとは違う。  単に「いなかったら良かったのに」という理由。  それ以上もそれ以外もあの女から感じたことはない。  単純な嫌悪感だけだ。  でも、親だから義務は果たす。  そんな感じだ。  少年は引き出しからキャットフードの箱を取り出す。  そしていつものクッキーの空き缶も。  蓋を開けて、キャットフードをそこに満たす。  手袋も用意する。    ナイフも。  今日は鉄板を切るハサミも用意した。  今日はちょうど4週間目。  殺す日、だ。  心臓が高鳴る。  ドキドキしてきた。  こそこそと気配を殺し生きている毎日を鮮やかにしてくれる瞬間が来る。  全てのモノに鮮やかな色がつく瞬間が。  考えただけでゾクゾクしてきた。  学校でも家と同じように気配を消して生きている。  自分が言った言葉のつまらなさに相手が顔を歪めるのではないかと思うと何も話せなくなる。  笑うと相手が機嫌をそこねるのではないかと思うと笑えなくなる。  あの女は少年が楽しそうにしているのを一番嫌った。  「煩い」と。  少年は大人しく存在を消していることだけを求められてきたのだ。      

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