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悪意 5
僕は怖くて泣いていた。
えぐえぐ
引きつった嗚咽が喉から漏れる。
ありえへん。
ありえへん。
僕とアイツは26階を目指してタワーマンションの壁を登っていた。
今は何階なんかしらん。
知りたくもない。
僕は脚立も昇れんレベルの高所恐怖症や。
怖い。
「怖いィ~」
泣いてる僕にアイツがキレる。
「だから待っとけって言うてたやろが!!ビビりやねんから待っとけって!!」
アイツが怒鳴る。
「嫌やぁ。一緒におる!!」
僕は言う。
怖くてもそこは間違えへん。
猫殺しの様子を見たいだけや、とコイツは言うが、か弱いコイツが猫殺しと接触する可能性があるんやったら・・・僕がついてなあかんやろが。
「ついてきてもええけど足引っ張んな言うたのに」
アイツはため息をつく。
なんでお前は平気やねん。
僕は足下を見てしまってまた泣いてしまう。
足下には駅へと向かう人々、駅から出てくる人々が見える。
でも彼らははるか頭上にいる僕らをみないだろう。
なぜなら、彼らは傘をさしているからだ。
タワーマンションの外に出たアイツはひざまずいた。
そして、自分の影に話しかけた。
「なはやまらさ、な」
アイツが何か言った。
影から一瞬、赤の猿に似た顔がぴょこんととびだした。
そう、僕がアイツに咥えさせて満足してから、植え込みから出て来たら、結構激しく赤と黒に襲われた。
アイツら僕の頭をどっから拾ってきたかしらんけどバッドで殴りよったんやで。
危うく避けたけど、後少しで西瓜みたいに頭、弾けるところやったわ。
アイツになだめられて、今はアイツら影の中におるけど。
今も僕を凄まじい目で睨んでる。
それはこっちもそうや。
アイツの死体は僕が喰う。
シャア
呼気を立てて
赤が威嚇してきた、
クワァ
僕も同じ喉の奥からうなって
僕も威嚇仕返す。
「後にし!!」
アイツに怒鳴られ、赤は影に潜り、僕はしゅんと下をむく。
そして、雨が降ってきたのだ。
突然。
人々は慌てて走りだしたり、カバンにしまった折りたたみ傘を取り出しはじめた。
「雨?」
僕は突然の雨に驚いた。
「幻覚や」
アイツは言った。
マンションを通り過ぎるとそこには電車の高架があった。
人気のない場所だ
その傍らに小さな祠があった。
別に気にとめる光景でもない。
この町には街なかのあちこちに、公園の中、民家の脇、道路の端に祠がある。
その祠の前でアイツは立ち止まった。
「・・・お前は小さい頃からここに住んどるから不思議にも思わへんやろけどな。この市は市にしては面積は小さい。人口密度は相当やけどな。・・・でも同じ県の他の市と比べたらよう分かるんやけど、神社の数の多さが異様や。寺町もあるから寺の数めもめちゃくちゃ多い。町の中にある小さな祠や地蔵なんかもいれたら明らかにおかしい程の数や。その理由は色々あるんやけどな・・・その内の一つを教えたる」
アイツはお堂の前で跪いた。
アイツは手を二回鳴らした。
「かなさらなわ、らはひゆか」
アイツは言った。
僕にはそう聞こえた。
「なやわらさか、わまたあゆに、らはなゆわら」
アイツの少し掠れた声が心地よいリズムを刻むように、不思議な言葉を話す。
小さなお堂は僕らの膝まで位のものだったが、その扉がすこし開いた。
ひとりでに。
「わやにまわらひら、はほらりな」
アイツは恭しく言い終わるとお辞儀をした。
扉からぬっと手が伸びた。
人間の手だ。
「ひっ」
僕は思わず後ずさる。
誰か入ってたの?
ここに?
そら入れる大きさやけど。
その手は女性のようにみえた。
綺麗な腕だ。
「なをはさかなら」
綺麗な声がした。
もう分かってる。
これは人間じゃない。
アイツはそっと礼儀正しい仕草でその手をとった。
「なかりし、なやをた」
アイツはその手を額に押し当てて言った。
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