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悪意 6

 「はらかよわ、にかるは」  美しい女の声が軽やかに笑った。    ばたん  お堂の扉か思い切り良く開けられた。  開いた扉からは何十本もの腕か突き出されていた。  太い腕、小さな腕、肌の色、老若男女、様々な腕が。  扉の入り口いっぱいに腕が溢れ蠢いている。  「ひい!!」  僕は思わず悲鳴をあげた。  僕はその腕のイソギンチャクにどん引きする。  このお堂に・・・1人くらいしか入らんようなお堂に何人おんの!!  「のをらはさ、やたはる」  お堂の中からの声は軽やかで美しかった。    ゾワゾワゾワゾワ    腕が蠢き、お堂から溢れだして行く。  沢山の腕が蠢き、アスファルトの歩道を掴み動いていく。    それは・・・・人間の手を脚代わりにはやした巨大なムカデのような虫だった。  ムカデの脚の代わりに沢山の手がその巨大な胴体から生えていた。  「はぁっ・・・」    僕は腰を抜かして座りこんでしまった。   黒く光った長い胴体に、生々しく生えたたくさんの腕は生理的な許否感とともに、吐き気を催すほどに醜かった。  ガサガサガサガサ  それは蠢いた。  どうやってお堂の中に収納されていたのかが全くわからない。  こんな巨大な虫がこんな小さなお堂におさまるはずがない。    僕の全身に鳥肌が立つ。   なんだ、なんだコレ。  こんなのがここにすんでいたのか。   僕は幼い頃から、すっとこの道通ってきたのに。  虫はのびあがった。3メートルはあった。  そしてその手の一本を恭しくにぎったままのアイツにその頭部が近づいてきた。  「くなしと、はらなか?」  虫の頭部の代わりに、美しい女の顔があり、それがアイツに囁いた。  美しい髪の長い女の頭部は、だかこそおぞましかった。  「くなしと、はりはら」  アイツは答えた。  「はらまはらま」  女の顔が笑った。  「じゃあオレは乗せてもらってマンション登ってくるから、お前はここで待っとけ」  アイツはへたり込んでいる僕に言った。  待て。    待て。  コレはなんや。  「コレやない。失礼やろレディにたいして。彼女はお前なんかよりもはるかに長くこの町に住んではるんや」  なんでかアイツが僕の心を読む。  アイツを伸びて来た腕が化け物の背中、いや胴体にのせる。  アイツを支えるかのように腕がキチンとアイツを固定してくれる。  そうやな、そうせんと、アイツ腕力ないから自分の体重も支えられんからすぐ落ちてまうよな。  いや違う!!  そういう話やない!!  「マンションで猫殺しがおんのかを確認したらすぐ戻ってくるから」  アイツはさらりと言った。  雨で夜で人気のない高架の側とはいえ、「痴漢に注意」って看板がある位場所だとしても、こんなのでマンションに向かったら目立ちすぎるやろ。  いくら幻覚の雨で周りを気にしなくなっているとしても。  こんな巨大な虫のバケモノ・・・。  「バケモノやない〈美姫蟲〉や。僕らがつけた名前やけどな。お姫様みたいに綺麗な顔したはるやろ。大丈夫や普通の人間には見えん。俺達はちゃんとお堂を開けて彼女と会ったからな見えるけど」  アイツがまた心を読む。  なんでわかんの?  とにかく、このお姫様は他の人には見えんわけね。  「僕も行く!!」  僕はそのぞっとする背中に飛び乗った。  コイツを1人行かせられるかい。  その黒い胴体は明らかに虫のあの感触がした。  硬くて乾いていて、それでいてその柔らかい中身を感じさせる、あの、ぞっとする感触。  僕は僕は虫もあかんのや・・・。  でもそのぞっとするそこにしがみついた。  「僕はお前から離れへんからな」  僕は泣きながら喚いた。  アイツの顔が歪んだ気がした。  少しその目が濡れたように光ったような気がした。  「勝手にせぇや・・・」  アイツは小さくそう言っただけだった。    

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