84 / 130

悪意 8

 「いや、ここまで来たとしても、結局ドア開けて貰えないんやったらはいれへんやん?」  僕はアイツに言う。  部屋の番号と表札を確認した。  間違いない。  ここやけどどうすんの?  「黒がいる限り通り抜けられへんドアはない。オートロックの扉も問題なかったけど、さすがにエントランスではアソコはあまりにも人目があるし、ここのマンションは警備員が在中しとるからな」  アイツは言った。  ドア抜けるって不法侵入やん。  いや、もうすでにこの建物の中におるだけでそうなんかもしれんけど。  「大丈夫や、オレが入るんやったら黒は招かれてないけど一緒に入れる。人間は招かれてなくても室内に入れるからな」  アイツが言った。  いや、人間も招かれてないのに入ったらあかんのちゃうん?  あかんと思うのよ。  僕はそう思うんやけどな。  アイツはその辺全く考慮しないらしい。    「靴脱げ」  アイツに言われる。  そやね、土足でお邪魔したらあかんもんね。  僕は大人しく靴を脱ぐ。  「足音したらあかんからな」  アイツが言う。  え、そんな理由?    僕は靴を持ったままアイツに従った。    「あならわから」  アイツは自分の影に言う。  そして閉まったドアに手を当てた。  まるで気体であるかのようにそのドアを腕が突き抜けていく。   アイツはそのままドアに潜っていく。  本当に個体を気体に変えてしまうのだ。  物理法則を無視している。  僕も慌てて、アイツの後に続いた。  本当にドアを僕達はすり抜けていた。  いや、確かに歩道橋をすり抜けたのは覚えているけど・・・デタラメや。  デタラメすぎる。  僕らは電気の消えた玄関に立っていた。  廊下と階段がある。  2フロアあるタイプのマンションなのか。    アイツは気にせず部屋に上がり込んでいく。  見つかったらどおするんやろ?  わからへんけど僕はアイツについていく。  コイツについて行くって決めたんやもん。    アイツは廊下の突き当たりのドアを、ゆっくりそっと音もなく開けていく。  そこは、リビングだった。  明るい光が溢れるリビングのど真ん中で、女が少年にのしかかられていた。  女は頭から血を流し、猿ぐつわをされていた。  手足も縛られていた。    そして今、指を一本一本切り取られているところだった。   女はおそらく猫殺しの母親だろう。  恐怖で顔が歪みまくっているけれど、本来は美しい女だろう。  女の上にのしかかり、ハサミのようなもので指を切っている少年と面影がにていた。  少年は知っている。  前に出会った。  猫殺しだ。  僕達が下のインターホンで母親と話したその後、この二人の間で何かがあったのだ。  猫殺しが激昂して母親に襲いかかるようなことが。    女は両手を縛られていた。  それを頭の上で押さえつけられていた。  女の指はもう右手は全て切られていた。  血が床をに溜まっていた。  縛った両手を押さえつけながら、少年は目をぎらつかせながら、残った左手の指を切り落としていた。      落ちた指は転がっていた。  1、2、3・・・7本おちてる  つまりもう三本しか残ってない。    指の断面の赤い肉に骨が見えるのが奇妙なリアルがあった。  斬ったらこうなるんや。  恐怖より何故か好奇心が勝つのが不自然だった。  残った指の一本を少年はハサミで挟んでいた。  酷く興奮しているのが判る。  息が荒く、身体が震えている。    僕が焦らすだけ焦らした時のアイツみたいに、女にのしかかった腰が無意識に揺れていた。  勃起しとる。  それが見んでもわかった。    女の指を切ることに、猫殺しは明らかな快感を得ていた。  女はタオルで口を塞がれ、恐怖に戦いていた。  限界まで見開かれた目が僕らを見つけて、女はこごもった声で助けを求めた。  「何してんねん!!」   アイツが怒鳴った。  いや、僕らのが何してんねんて云われる方ちゃうかな、と僕は思った。      不法侵入やん?   それでも僕はアイツの前に出た。  ここは僕の出番でしょ。  と思ったら、アイツに腕で行く手をさえぎられた。  下がれと、アイツはその仕草と目で言う。  ええ・・・お前どうすんの?  僕はでも従う。  例え腕立て一回も出来なくても、コイツは確かに強いからだ。    アイツは指を切り落としている猫殺しの前でも怯むことはない。  堅気には見えない兄ちゃんや師匠の前でも引き下がらんかったんやしな。  僕はお前の望む通りに。  僕はお前の思うままに。  お前が動くな言うなら動かん。  ゆっくりと猫殺しがこちらを振り返る。    うわぁ・・・  僕は鳥肌が立った。  人間が人間を辞めた時の目を僕は知った。     

ともだちにシェアしよう!