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悪意 9

 人間は人間の枠の中にいるもんや。  日常生活の中ではきちんと枠に入っていく。  人間であるように振る舞う。  少なくとも、物理的には殺さない。     少なくとも、物理的には傷つけない。  少なくとも、人に見られてごまかしのきかない暴力はふるわない。  少なくとも、それをかくす。  少なくとも、人間に対して安全な人間であるように見せかける。  獣や獣や言われる僕かて、知らん人間にいきなり暴力的な表情は見せへん。  理由でもない限り。  見境のない暴力。  理由のない暴力。  少なくとも表向きにはそれを見せないのが人間や。  振り返った猫殺しの目には歓喜しかなかった。  見つかったことへの、焦りも、それをごまかそうとする取り繕う様子もなかった。  猫殺しは人に苦痛を与えることに夢中になっていた。  それが母親であることにさえも全く頓着してなかった。  むしろそれが母親であることを喜んでいた。  それはある意味近親相姦だった。  猫殺しは快楽を覚えているのは明確だったから。  それを見つかった今でも、猫殺しは平然としている。  その近親相姦さえ見られたところで猫殺しにはどうでも良くなっているのだ。    キラキラとガラスのように猫殺しの目が輝いていた。  大好きな玩具を手にした子供のような目。  それが、母親の指を切り落としながら、勃起させている人間がする目であることに僕はぞっとした。  人間をやめたものの目は、こんなにも輝くのだ。  こんなにも。  こんなにも。    その輝きに僕はゾっとした。  それは歓喜だった。  それは解放だった。  押さえきれない喜びに猫殺しはその身を任せていた。  人間でいたくはなかった生き物が人間を辞める瞬間を僕は見ているのだと知った。     猫殺しは僕を見た。  確かに僕を見た。  そして、本当に嬉しそうに笑った。  パチン  ハサミが鳴った。  強く猫殺しが握ったハサミを握りしめたのだ。    細い女の指が落ちた。   血が吹き出した。  「ふぐぅ!!」  女はくぐもった悲鳴を上げて、身体をそらせるだけそらせ、つま先まで丸めた。  それが性的な仕草に見えたのは・・・僕だけじゃない。  少なくとも、猫殺しにはコレはセックスなのだ。      うっとりと何故か猫殺しは僕をみつめた。  身体の下で身体を波打たせている女ではなく。  え?  何で僕なん?  僕は寒気を感じた。  僕の隣りでアイツが舌打ちした。  「てにか、さかなは」  アイツが叫んだ  ゴボゴボと猫殺しの背中のシャツが蠢いた。  シャツがめくれあがり、しなびた生き物がそこから顔をのぞかせた。  「あやゆこら、なやひさ!!」  それは言った。  それは悲痛な声だった。  それは泣いていた。  干からびた身体の中で唯一生々しく濡れた黒い目から雫が落ちていく。  猫殺しはそんなことは気にもとめていなかった。  切り落とした女の指を弄びながら、背中から気味の悪い生き物を猫殺しは生やキラキラと目を輝かせていた。  そしてその目は僕だけを見ていた。    「ひぃ」  僕は思わずアイツにすがる。  嫌や、コイツ怖い。  虫のお姫様への生理的な嫌悪感とも違う。  嫌な生き物や、コイツ。  アイツは僕と違った。  その背中に生やした生き物の言葉に目を見開いた。    「アホが・・・このクソが!!」  アイツが激昂して叫んだ。     何に怒ってるん?  何に?  でも、猫殺しが女の指を切り落としていることではないことは分かった。    「たらなかやは!!」  アイツは叫んだ。  部屋がグニャリと歪んだ。  ええ何で?  「なやからさなは!!」  アイツが猫殺しを指差した。  部屋の影という影が塊になり、捻れ、まるで槍のように尖った。    猫殺しの目が見開かれた。  背中の生き物が泣き叫んだ。  「さらわい!!」  アイツの叫びとともにその槍は真っ直ぐに猫殺しに向かった。  何、コレ?    だが猫殺しをその槍が貫く前に猫殺しは跳ねた。  窓へ向かって。  窓が砕けた。  窓を突き破り外へ飛び出し、猫殺しは26階のベランダから跳んだ。  真っ暗な暗闇に向かって。  マジか!!  僕は絶句した。

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