98 / 130
狩り 10
アイツはその醜い手に唇を近付けた。
子供の手ほどの大きさの指を口に含んだ。
噛みしめたのが分かった。
アイツの白い喉が動いた。
ヤらしいな。
としかおもわん。
もう咥えさせたいとしか思わへんよね。
アイツはゆっくり指をくちから出した。
唇に墨汁のように真っ黒い液体がついていた。悪意喰いの血液なのだとわかる。
ゾッとした。
こんなん・・・飲んでいいんか?
「少シすれバ、我等がドコにイルのか分かる筈ダ。その能力ハ今夜一杯は使エる筈ダ」
黒い墨汁を指先から滴らせながら悪意喰いは言った。
「・・・我等とお前の家ノ縁ガこれデ繋がっタ。末永クアラんコトを望ム」
悪意喰いはそう言って、ズブズブとオッサンの腹の中に潜っていった。
「末永くあらんことを」
アイツは唇についた黒い汁を舌で舐めてから言った。
やっぱり嫌!!
本当に嫌!!
僕のもん以外飲んだら嫌!!
僕はなんか頭にきちゃう。
「終わりや」
オッサンが言った。
汚い腹をシャツで隠す。
「・・・・・・また会いましょう」
アイツはオッサンに言った。
ベンチから立ち上がる。
「・・・また、な」
オッサンはカップ酒を煽る。
アイツはぺこりと礼をすると歩き出した。
「じゃあな、おっさん」
僕もおっさんに言った。
手を振る。
普通のオッサンやと分かったから、僕はこれからこのオッサンを見かけたら声をかけるとおもう。
見ているだけでは・・・わからへんことはある。
オッサンに笑いかけたら、オッサンは唇を歪めた。
笑ってんのやろ。
オッサンは僕に手を振ってくれた。
アイツを追いかけて歩く僕の耳にオッサンの声が聞こえた。
「殺す・・・殺す・・・」
溢れんばかりの殺意。
振り返る。
オッサンはまた公園のベンチで俯き、殺意を滾らせながら、カップ酒を飲み続けていた。
誰も知らない。
このオッサンが誰も傷つけたりしないこと。
話してみれば普通のオッサンなこと。
そして、その身体の中に化け物が住んでいること。
誰も知らないのだった。
ともだちにシェアしよう!